発達心理学研究第17巻(2006年)   


17巻1号

夫婦間葛藤への対処における譲歩の機能:新婚女性によって語られた意味づけ過程に焦点を当てて(東海林麗香)

対人葛藤において一方的に譲歩することは,現実的な問題解決に結びつかないその場しのぎの対処でしかないのだろうか。本研究では,対処する個人の意味づけに注目し,特に長期的継続を望む関係においては望ましくないとされてきた譲歩的な対処の意義と働きについて検討することを目的とした。この点について明らかにするため,特に夫婦関係に焦点を当てた。具体的には21人の新婚女性を対象に,日常生活の中で経験した夫婦間葛藤についてのインタビュー調査を行った。分析1では夫婦間葛藤のきっかけの分類を行った。分析2では,報告された葛藤への対処の仕方を,主張的対処,協調的対処,譲歩的対処という3つのカテゴリーに分類した。また,対処の選択理由や自身の行った対処への評価という意味づけの側面に注目し,譲歩的な対処の日常場面における意義を探った。その結果,譲歩的対処にはその場の情緒状態が険悪になるのを避けるという情緒調整の役割があることが確認された。加えて譲歩的対処は,日常生活の制限の中で用いやすい対処であると積極的に意味づけられており,夫婦関係を維持する上で有効であると捉えられている場合があることが明らかになった。また,譲歩的な対処をポジティブなものとして用いる場合には,折り合いをつけるという意味づけの過程があり,この過程の中で,葛藤内容や自身,相手についての熟考や再解釈が行われることから,譲歩的な対処の意義が明らかになった。
【キー・ワード】新婚女性,夫婦間葛藤,譲歩,意味づけ,結婚

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職場参加におけるアイデンティティ変容と学びの組織化の関係:新人の視点から見た学びの手がかりをめぐって(亀井美弥子)

本研究の目的は,正統的周辺参加の枠組みから,職場の新人の語りによって,職業参加におけるアイデンティティの変化と職場共同体における学びを構造化する諸資源との関連を,新人の視点から構成される「学習のカリキュラム」に焦点化し明らかにすることである。新卒の社会人23名に就職直後と5ヶ月後の2時点でインタビューを実施した。アイデンティティをとらえるための「新人としての自己の位置づけ」の変化のタイプと,職場の学習のための構造化の資源としての,1.新人への仕事の割り当て,2.教授ー学習関係の安定性との関係を検討した。その結果,初期に葛藤を感じ,その後職業参加に肯定的に向かうタイプは多くが仕事の割り当てが「実践根幹型」であり,安定した教授ー学習関係という職場の構造を持っていた。また,はじめから職業参加に肯定的で変化のないタイプでは新人の仕事が熟練と分けられている「新人ー熟練分担型」であった。また,職業参加から離れていくタイプでは,実践の参加から疎外されているケースがあった。異なる変化をたどった3事例の語りを検討した結果,職場実践における学びを構造化する資源の多様なありかたが,新人のアイデンティティの変容過程や学習のカリキュラムの構成に相互に密接に関係すること,また,実践に参加することおよび現前の実践を意味づけるガイドの存在が学習のカリキュラムの構成に重要であることが示唆された。
【キー・ワード】職業参加,アイデンティティの変容,ポジショニング,正統的周辺参加,学びを構造化する諸資源

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広汎性発達障害児に対する「心の理解」の発達支援:「宝さがしゲーム」による「見ることは知ることを導く」という原理の理解への事例的検討(西原 数馬・吉井 勘人・長崎 勤)

広汎性発達障害児A児の発達評価より,「心の理解」における発達課題が「信念」理解における他者の「見ることが知ることを導く」という原理(Pratt & Bryant,1990)の理解であると評価されたため,これを指導目標とした。指導方法としては,親しい他者との相互交渉を利用した指導である「宝さがしゲーム」共同行為ルーティンを用いた。指導の結果,最初は指導場面内で変化が見られた。まず「宝さがしゲーム」内の直接援助を行った要素(例えば「隠した場所を教えない」行動など)が徐々に,自発によって遂行可能になった。「違う場所を教える」行動など直接援助を行わなかった要素についても徐々に遂行可能になっていった。指導場面以外でも,一切援助を行わなかった硬貨隠しゲームにおいて「見ることが知ることを導く」という原理を意識する様子がみられた。また,行動観察において他者の叙述的な心的状態に関する発話数が増加した。さらに,日常生活場面においても他者の「見ることが知ることを導く」という原理の理解の指標となるエピソードが報告・観察された。以上より,ゲーム共同行為ルーティンによって,「見ることが知ることを導く」という原理の理解が促進された可能性が考えられるが,指導後も,誤信念課題を通過できなかった。これはA児における物語理解の困難性と関連があると考察された。
【キー・ワード】広汎性発達障害,心の理解,「見ることが知ることを導く」という原理,共同行為ルーティン

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幼児に対する母親の分離意識:構成要素と影響要因(塩崎 尚美・無藤 隆)

日本における母親の幼児に対する分離意識の構成要素を検討し,否定的,肯定的両面を見いだすことを目的とした。その結果,<子どもに対する不安・心配><母親の存在の大きさ><子どもと離れる寂しさ><分離肯定感>4つの要素が見いだされた。また,それらの要素に影響する要因を検討したところ,【伝統的育児観】と【父親の分離意識】,【子どもの対人的慣れにくさ】が影響しているが,【子どもの対人的慣れにくさ】よりも【伝統的育児観】の影響が強く,子どもの特性よりも,社会的な影響を強く受けていることが示唆された。さらに,母親の分離意識と育児ストレスとの関連を検討したところ,分離意識の中の<子どもに対する不安・心配>は育児ストレスに強い正の影響を及ぼすが,<母親の存在の大きさ>は負の影響を及ぼしていることが示されたことから,分離意識の中の肯定的な側面であることが示唆された。これらの結果は,母親がケア役割に圧倒されることなく,個として発達していくことに,どのような要因が影響を及ぼしているのかに関しても重要な示唆を与えていると思われる。
【キー・ワード】母親の分離意識,父親の母子分離意識,子どもの対人的慣れにくさ,伝統的育児観,育児ストレス

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幼児の数的発達に対する幼稚園教師の支援と役割:保育活動の自然観察にもとづく検討(榊原 知美)

東アジアの幼児の数的能力は国際的に優れていることが報告されている。本研究は幼児が数的学習を行う重要な場の1つである幼稚園に注目し,幼稚園教師の数的支援の実態とその役割について検討することを目的とした。研究1では,私立幼稚園7園14クラスを対象に1年間の保育活動の自然観察調査を実施することで,幼稚園で行われている数的活動の種類と頻度,およびそのような活動における教師の支援の具体的な方法について検討した。その結果,日本の幼稚園における教師の数的支援は,歌,製作,出欠の確認などの数的学習を目的としない教師主導の保育活動に埋め込まれる形で,特に数領域に関係したものが頻繁に行われていることが示された。さらに研究2では,研究1で観察対象となったクラスを数的支援の推定量にもとづき3群にわけ,それらのクラスに在籍する幼児の数的能力を比較することで,幼児の数的発達に対する教師の支援の効果について検討した。その結果,幼稚園で多くの数的支援を与えられている幼児は,数的支援が中程度や少ないクラスの幼児に比べて,数領域の能力が優れている傾向が示された。日本の幼稚園教師は,体系だった指導に頼らずに,幼児の数能力を効果的に促進していることが示された。
【キー・ワード】幼児,数発達,幼稚園教師,保育活動,自然観察

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職業生活が中年期夫婦の関係満足度と主観的幸福感に及ぼす影響:妻の就業形態別にみたクロスオーバーの検討(伊藤 裕子・相良 順子・池田 政子)

本研究は,中年期夫婦を対象に,職業生活が夫婦関係満足度および主観的幸福感に及ぼす影響について,妻の就業形態により個人内と夫婦間で影響の仕方に差異がみられるかを検討した。妻フルタイム110組,妻パートタイム170組,妻無職106組の夫婦に,仕事へのコミットメント,夫婦関係満足度,主観的幸福感を質問紙により尋ねた。その結果,自身の仕事へのコミットメントが夫婦関係満足度に影響するのは妻のみで,夫では影響しない。しかし,夫の仕事へのコミットメントは妻の夫婦関係満足度および主観的幸福感にクロスオーバーな影響を及ぼし,夫の仕事へののめり込みの増大は妻の幸福感を低下させ,仕事満足感の増大は妻の夫婦関係満足度を高めていた。反対に,妻の仕事へのコミットメントが夫にクロスオーバーな影響をするのは妻がパートタイムの夫婦のみで,この場合,妻の仕事へののめり込みは夫の夫婦関係満足度を低下させ,仕事満足感の低さが夫の幸福感の低下を招くなど,夫は妻の仕事へのコミットメントの影響を受けやすい。妻の就業形態と収入,夫の分業観によって,職業生活が夫婦関係と心理的健康に及ぼすスピルオーバー/クロスオーバーな影響は異なっていた。
【キー・ワード】クロスオーバー,夫婦関係満足度,職業生活,主観的幸福感,中年期夫婦

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指示詞コ・ソ・アの理解からみた自閉症児の語用論的機能の特徴(伊藤 恵子・田中 真理)

指示詞コ・ソ・アの理解という点から,自閉症児の語用論的機能の特徴を検討した。具体的には,指示詞「こっち・そっち・あっち」に対して言語教示のみによる理解実験を行い,@一般的な指示詞使い分けとの一致率,A反応パターンの分析,B行動観察の三つの視点から分析を行った。その結果,以下の点が見出された。(1)定型発達児では,実験者(話者)と対象児(聞き手)が同じ側に並ぶ同側条件と,両者が向かい合う逆側条件で,指示詞コ・ソ・アの理解の標準反応一致数に差がなかった。しかし,自閉症児では逆側条件で,この標準反応一致数が同側条件に比べても,定型発達児の逆側条件に比べても有意に少なかった。(2)逆側条件の「そっち」に関しては,従来から他者視点の取得を特に要すると言われているが,逆側条件の「そっち」に関する自閉症児の成績は「こっち」と「あっち」の指示詞理解の成績と差がなかった。(3)逆側条件における自閉症児の反応は,視点固定型が定型発達児に比べ有意に多かった。この視点固定型とは,話者の視点変換を行わず,先に実施した条件での話者視点からの反応を繰り返す反応型である。(4)言語のみで指示対象を特定するといった状況で,曖昧情報を補うために実験者(話者)の顔の向きや視線を手がかりにすることも,指示対象特定に迷うことも,自閉症児は定型発達児に比べ少なかった。
【キー・ワード】自閉症,語用論的機能,指示詞,理解実験

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中高年期における主観的老いの経験(若本 純子・無藤 隆)

本研究は,30-75歳の成人2026名を対象に質問紙調査を実施し,「身体の不調」「心理社会面の減退」「志向の転換」「余裕と成熟」の4領域からなる主観的老いの経験について検討した。まず,非線形正準相関分析を用い,内的・外的要因と老いとの関連から老いの性質を検討した。第1次元では老いのポジティブ面と加齢との関連,第2次元では衰えと心理面・経済面のネガティブな状態との関連,第3次元では「志向の転換」と心理的要因との関連が示され,老いの各領域は独立した構造と過程を有することが示唆された。中でも第3次元において,男性では情緒不安定性,女性では自尊感情との関連が示され,心理過程の違いが注目された。続いて,主観的老いの経験の年齢差を検討した。老い4領域を従属変数とする分析結果(MANOVA)からは,老いが40代以降に顕著な発達的経験であること,「志向の転換」を除く老いは概ね加齢に伴い増すが,領域ごとに異なる年齢差の様相をもつことが明らかになった。加えて,老い4領域間の関連が年齢によって異なるかを効果量の検定によって検討した。その結果,「志向の転換」を含む相関において,中年後期と他の時期との間に有意差が見出された。また,中年後期は,老いのポジティブ面に伴う自己変容が生じる時期として位置づけられた。
【キー・ワード】 中高年期,主観的老いの経験,「志向の転換」,中年後期,成人発達

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17巻2号

幼児の条件推論にふりの設定が及ぼす影響(中道 圭人)

幼児の条件推論にふりの設定が及ぼす影響を検討した。実験1では年少児(n=24)と年長児(n=28)を対象に,Nakamichi(2004)の4枚カード課題(経験的あるいは反経験的な条件式を与え,4枚のカードの中から条件式に対する違反を同定してもらう)での条件推論にふりの設定が及ぼす影響を検討した。その結果,年少児より年長児で,反経験的条件式より経験的条件式で推論遂行が良いことや,年長児はふりの設定によって反経験的条件式での条件推論が促進されることが示された。実験2では年少児(N=28)を対象に,詳細な説明を加えた“不思議な国にいる”というふりの設定の影響を検討した。その結果,実験1と同様に年少児の推論遂行はこのようなふりでも促進されず,年少児におけるふりの効果の無さはふりの理解し難さが原因ではないことが示された。これらの結果から,ふりの設定の条件推論への影響は,年齢により異なることが明らかとなった。
【キー・ワード】幼児,演繹,条件推論,ふり,認知発達

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母子の会話の中で構成される幼児の自己:「自己と他者との関連づけ」に着目した1事例の縦断的検討(小松孝至)

本研究では,保育園に通園する女児1名とその母親が,保育園からの帰宅時を中心に,母親の運転する車内で録音した会話の記録(4歳4ヶ月〜5歳8ヶ月,のべ153日分,34時間)から,保育園で出会う友人と女児自身が関連づけて描かれる会話事例を分析し,会話における対象児の自己の構成とその発達的変化について考察した。50事例を分析した結果,能力,ままごとや演劇での役名などにもとづいて,対象児と友人が対比される表現がしばしばみられた。この表現を中心に発達的な変化を検討したところ,記録開始の時期には対象児自身と友人を単純に挙げるだけであった表現が,次第に対比の基準とは異なる観点からの情報が加えられて複雑化してゆき,最終期には,対比に加えて挙げられた友人の特徴を描くさまざまな説明や物語が組み込まれた会話事例がみられた。また,母親の役割も,子どもの表現を直接修正する支援者的な側面が弱まり,挙げられた友人や対象児について共同で話題を展開する,話し相手としての側面が強くみられるようになった。
【キー・ワード】母子の会話,自己,保育園,縦断研究,事例研究

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幼児のビデオ映像理解の発達:子どもは映像の表象性をどのように認識するか?(木村美奈子・加藤 義信)

本研究では,4,5,6歳児を対象に,映像を実在視せず表象として理解するようになるまでの発達プロセスを検討した。表象性理解の指標としては,映像世界と現実世界との(風の作用を介しての)インタラクションの可能性を子どもがどのように認識しているかを取り上げ,特に志向性の方向(映像は現実に影響を及ぼしえるか,現実は映像に影響を及ぼしえるか)と,その源泉がヒトであるかモノであるかの違いが子どもの認識に及ぼす効果を調べた。その結果,以下の二点が明らかとなった。(1)5歳前半までは映像とのインタラクションが可能であると考える子どもが多くみられたが,6歳台ではその可能性を否定する子どもが増加した。(2)志向性の方向と源泉についてはその効果がみられたが,年齢によって異なる現れ方をした。映像の表象性理解には従来考えられていたより長い発達的プロセスが必要であり,そこにおいては志向性の要因が影響を及ぼすことが示唆された。
【キー・ワード】ビデオ映像理解,幼児期,表象性の認識,志向性,テレビリテラシー

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乳児との接触未経験学生のあやし行動:音声・行動分析学的研究(中川 愛・松村 京子)

養育者が乳幼児と関わりあう場合,大人に対する場合と異なる行動をする。一つは,声が高くなったり,発話速度がゆっくりになるmothereseという音声を発する。もう一つは,眉を上げたり口を大きく開けて顔の表情を誇張するといったmultimodal mothereseという行動で,養育者はこれらを直観的に行う。そこで本研究では,養育者にみられるこれらの行動が育児未経験で乳児との接触経験のない学生においてもみられるか否かを明らかにする目的で研究を行った。乳児との接触経験がない男子学生(18〜24歳)18名,女子学生(18〜22歳)14名を被験者とし,生後3〜4ヶ月の男児1名を対象乳児とし,実際に乳児をあやす場面で,学生が@どのようなあやし行動を行うのか,Aどのようなあやし言葉を発するのか,Bその音声にmothereseが出現するのかについて調べ,それらにC男女差はみられるのか検討を行った。男女とも乳児の機嫌が悪くならなかった学生は,multimodal mothereseとして知られる非接触的あやし行動や遊戯的音声を発言しながら乳児と関わっていた。一方,男女ともに乳児の機嫌が悪くなった学生は,身体運動的なあやしや接触的あやし行動,注意喚起や受容的な発言をしていた。しかし,そのどちらにおいても,男女ともにmothereseが出現していた。即ち,乳児との接触経験がなくてもmothereseが出現することが明らかになった。
【キー・ワード】マザリーズ,あやし行動,音声分析,行動分析

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母親の被害的認知が虐待的行為に及ぼす影響(中谷奈美子・中谷 素之)

本研究の目的は,子どもの反抗行動に対する母親の認知と虐待的行為の関係を,特に子どもの悪意や敵意と捉える「被害的認知」に着目して検討することであった。3〜4歳の子どもを持つ一般の母親270名に調査用紙を配布し,207名から協力を得た(回収率76.7%)。調査は,子どもの反抗に対する母親の認知,虐待的行為,さらに,認知を媒介として虐待的行為に影響を及ぼす要因として母親の育児ストレス,自尊感情,親に対する愛着,母親の就労,子どもの性別について測定された。重回帰分析の結果,予測した先行要因→認知的要因(媒介要因)→虐待的行為のプロセスが確認された。すなわち,虐待的行為に影響を及ぼす母親の認知特性は,子どもに対する否定的認知ではなく,母親の自尊感情の低さや育児ストレスの高さからもたらされる被害的認知であることが明らかにされた。また,先行要因として検討した育児ストレスは,認知の歪みをもたらすだけでなく,虐待的行為に直接正の影響を及ぼすこと,親に対する愛着は虐待的行為に負の影響を及ぼすことが明らかになった。以上の結果から,子どもの養育における母親の認知的要因の役割について議論され,児童虐待ハイリスクの母親に対して,認知の歪みや育児ストレスなどを考慮して介入することの重要性が示唆された。
【キー・ワード】 児童虐待,母親,被害的認知,子どもの反抗,幼児期

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やりとり関係の変容にみられる自閉症幼児の連続する行動の検討(辻 あゆみ・高山 佳子)

辻・高山(2004)では,他者と互いの意図を調整しながらやりとりをすることが困難な自閉症児に対する支援のあり方を検討するために,一事例の自閉症児とその母親とのシャボン玉遊び場面でのやりとりを観察した。その結果,対象児は,母親との間でやりとり関係を成立させる中で,自分の行動を連続させることが多くなっていることが明らかになった。そこで,本研究においては,対象児と母親が注意を共有させながらやりとりしている場面に着目し,そこで観察された対象児の連続する行動,すなわち「SーS行動」を詳細に分析することによって,対象児が母親と互いの意図をどのようにして調整しあったかを探ることを目的に行った。その結果,対象児は,物を介して母親とやりとりをする中で,自己の意図を明確にし,母親も意図を有していることを理解するようになったことが明らかになった。また,そうした理解をベースに,対象児は,母親の行動を予測できるようになり,それによって,自分の意図の調整をするようになったと考えられた。
【キー・ワード】自閉症,やりとり,自己,他者,意図

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認知的道具の自発的使用と内化による概念発達:量概念の発達における重ね合わせと数の役割(湯澤 正通・湯澤 美紀・渡辺 大介)

本研究では,重ね合わせと数の使用および内化が幼児期における面積と長さの量概念の発達にどのように関わっているかを検討した。研究1では,均等な分割を促進したり,妨害したりするような条件で量を等しく2分するために3〜6歳の幼児が使用する認知的道具を調べた。その結果,3歳児は,4〜6歳児と比較して,条件にかかわらず,刺激を細分し,細分した個体を,数に関する方略によって均等に分ける傾向が強かった。それに対して,4歳半ごろから,半分という単位で量を捉え,刺激を直接2分する反応が増加したが,4歳児では,誤った手がかりを与えられた条件で不均等な分割をする子どもが多かった。5歳半ごろから,重ね合わせの自発的使用が増加し,誤った手がかりを与えられても,一貫して中央で分割することができる幼児が増えた。研究2では,4〜6歳児に重ね合わせの使用の訓練を行うことの効果を調べた。その結果,重ね合わせの使用がその認知的道具の内化と因果的に関連していることが示唆された。
【キー・ワード】数,量,重ね合わせ,幼児,概念

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父親になることによる発達とそれに関わる要因(森下 葉子)

父親は,子どもとの関わりを通して精神面・行動面においてどのような変化を遂げるのだろうか。本研究は,その内容を明らかにし,その規定因を育児関与の頻度および個人的要因・家族要因・職場要因の3要因から検討したものである。まず,父親の発達の内容を明らかにするために,3〜5歳の子どもの父親92名を対象に自由記述による質問紙調査を,さらにそのうちの23名に対し個別面接調査を行った。そこで得られたエピソードから尺度を作成し,それを用いて第1子が未就学児である父親224名に質問紙調査を行った。その結果,父親になることによる変化として「家族への愛情」,「責任感や冷静さ」,「子どもを通しての視野の広がり」,「過去と未来への展望」,「自由の喪失」の5因子が抽出された。これら5因子と育児関与,性役割観,親役割受容感,親子関係,夫婦関係,職場環境,労働時間との関連を検討した結果,「自由の喪失」以外の4因子は,育児に関心をもつことにより促され,そして,育児への関心は親役割を受容していること,平等主義的な性役割観をもっていること,夫婦関係に満足していること,子どもとの関係を肯定的に認識していることにより,促されることが示された。
【キー・ワード】 父親,発達,育児関与,夫婦関係,親子関係

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教師としての専門性の向上における転機:生活科の導入に関わった教師による体験の意味づけ(岸野 麻衣・無藤 隆)

教師は,個人・社会・歴史の多様な要因の中で,キャリア形成と心理的な発達を背景に熟達化していき,専門性を向上させる。このような多様な観点から,教師の専門性を包括的に理解するため,11名の熟練小学校教師のライフ・ストーリーにより,専門性の向上の転機での内的な過程を明らかにした。本研究では特に歴史的要因として生活科の導入という公的な教育制度の変更を取り上げ,生活科に関わった教師を対象とした。結婚や出産,学校の異動や他の教師との関わり,校内研究,生活科の導入など,様々な要因が重なる中で,教師は自分の実践を見直し,教師主導から子ども主導への教育観の変化,安定した教育観の確立,仕事のやりがいや創造性の探求による教師としての自己の確立が起きていた。各教師がそれぞれ置かれた状況の中で,直面した出来事を自分の課題に引き付けて捉え,積極的な意味づけを行うことで,子ども観や教育観に変化が起きていた。特に生活科の導入を挙げた教師にとっては,他の要因と重なる中でそれぞれ意味のあるものとして生活科が受け止められ,実践が深まることに結びついていた。教師の専門性は,熟達化やキャリア形成が別個に進むのではなく,実践を問い直す中で意味を見出し,全般的に向上していくことが示唆された。
【キー・ワード】教師の成長,専門性の向上,生活科,小学校教師,ライフ・ストーリー

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情動調整プロセスの個人差に関する2歳から3歳への発達的変化 (金丸 智美・無藤 隆)

本研究の第1の目的は,不快場面に置かれた3歳児を対象に,快,不快情動の変化から捉えた情動調整プロセスの個人差を明らかにすることである。第2に,同一の子どもについて2歳時点から3歳時点への情動調整プロセスの個人差の変化を示す。第3に,不快場面での情動調整行動を検討し,3歳児の情動調整の自律性を明らかにする。2歳前半に実験的観察を実施した母子41組の中で,3歳後半の時点で32組の母子を対象に実験的観察を実施した。その結果,情動調整プロセスの個人差について,不快情動から捉えた情動調整プロセスタイプの中に,快情動変化から捉えた個人差が存在することが明らかになった。情動調整プロセスの個人差の変化については,2歳時に不快情動を表出した多くの子どもが,3歳時には不快情動を表出しなくなることや,2歳時に快情動を表出しなかった子どもの多くは,3歳時には快情動を表出したことを示した。また,情動調整行動に関しては,他の活動を積極的に行ったり,気紛らわし的行動が増え,より自律的な行動が増えることを示した。以上より,3歳児は2歳児と比較して,より自律的で適応的な情動調整が可能となることを明らかにした。
【キー・ワード】3歳児,情動調整プロセス,個人差,不快情動,快情動

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学習動機と学習の楽しさが生涯学習参加への積極性と持続性に及ぼす影響:放送大学学生の高齢者を中心に (浅野志津子)

本研究では, 先行研究ですでに検討されている学習動機に加えて,どのような学習の楽しさが生涯学習参加の2つの側面,即ち,現時点での学習への意欲的な取り組み方をあらわす積極性と将来にわたって学習を継続しようという持続性に影響するのかを検討した。研究1では, 放送大学学生365名に質問紙調査を行い, 学習の楽しさ尺度(3尺度)を構成した。重回帰分析を行い,年齢別に検討すると64歳以下では知る楽しさ, 65歳以上の高齢者では多様に思考する楽しさが生涯学習参加への積極性と持続性に影響していた。しかし, 高齢者の「多様思考の楽しさ」が影響を及ぼす生涯学習の側面は教育年数によって異なり,高等教育修了者では持続性に影響し,初等・中等教育修了者では積極性に影響していた。研究2で, 高齢の学生21名に面接調査を行い, その相違を検討した。その結果, 高等教育修了者の「多様思考の楽しさ」は多分野の学問を次々に関連づけ,興味が広がる「拡大的多様思考の楽しさ」であるために持続性につながり, 初等・中等教育修了者のそれはある課題に対して異なる視点を獲得して理解を深める「深化的多様思考の楽しさ」であるためにその課題に対する積極性につながるという傾向が窺われた。
【キー・ワード】学習動機づけ, 楽しさ, 多様思考, 生涯学習, 社会人学生

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幼児の向社会性についての認知と向社会的行動との関連:遊び場面の観察を通して(伊藤 順子)

本研究の目的は,向社会性についての認知と遊び場面での向社会的行動との関連を明らかにすることであった。調査1では,5歳児34名(男児18名・女児16名)を対象とした。向社会性についての認知を,規範的側面と評価的側面の2つの側面から査定し,遊びにおける仲間との相互作用との関連を検討した。その結果,評価的側面についての認知が低いほど,何もしていない・傍観的行動の頻度が多く,評価的側面についての認知が高いほど,連合遊びの頻度が多い傾向が示された。さらに,調査2では,5歳児29名(男児17名・女児12名)を対象に,向社会性についての認知と,困窮場面および援助方略との関連を検討した。その結果,評価的側面についての認知が高い幼児は,低い幼児よりも,友だちの困窮場面に遭遇する回数が多く,かつ困窮場面を改善する回数が多いこと,また,仲間との連合遊びの中で困窮場面に遭遇する回数が多いことが示された。以上のような結果から,幼児の向社会性についての認知は,遊び場面での向社会的行動と関連していることが示唆される。
【キー・ワード】向社会性についての認知,遊び場面,相互作用,困窮場面,向社会的行動

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大学生における職業の専門性への志向:尺度の作成と医学部進学予定者の職業決定への影響の検討 (森田慎一郎)

日本では,今後,「専門性」を有する職業への就職を希望する学生の割合の増加が見込まれる。このような状況をふまえ,研究1では,学生における職業への志向を,「専門性」を特徴づける諸概念に基づき測定する尺度の作成を試みた。まず,社会学のプロフェッション研究の知見に基づき,「専門性」を特徴づける5つの概念(「利他主義」「自律性」「知識・技術の習得と発展」「資格等による権威づけ」「仕事仲間との連携」)を想定した。次に,大学2年生207名を対象とした質問紙調査を行い,因子分析の結果,5つの概念それぞれへの志向を測定する「職業専門性志向尺度」が完成した。研究2では,医師を志望する学生に焦点をあて,「職業専門性志向」のなかで,彼らの「職業決定」に影響を与えるものの探索を行った。先行研究の知見から,「人間関係」と関連の強い志向が影響を与えることが予想された。医学部進学予定の大学2年生96名を対象とした質問紙調査を行い,重回帰分析の結果,「人間関係」と関連の強い「仕事仲間との連携志向」のみならず,「人間関係」と関連の弱い「知識・技術の習得と発展志向」も「職業決定」に影響を与えることが示された。
【キー・ワード】専門性,職業決定,医学部,技術の習得,キャリア発達

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幼児における空間参照枠の発達:経路説明における言葉と身振りによる検討 (関根 和生)

本研究では,幼児が経路説明時に産出する発話と自発的な身振りから,どのような空間参照枠の使用が示唆されるか,また,それらが加齢に伴いどのように変化していくのかということを検討した。公立保育園に通う幼児55名に保育園から自宅までの経路説明を求めたところ,加齢に伴い身振り量,発話量が増加し,ランドマークや左右への言及数が多くなることが明らかにされた。また,身振りの形態的特徴を観察したところ,4歳児は,帰宅経路の方向に身体を定位させて身振りを産出する者が多く,手を肩よりも上に上げる割合が多かった。一方,6歳児では,実際の帰宅経路とは関係のない方向で身振りを産出する者が多く見られ,腕の上げ下げが最も多かった。また,俯瞰的な視座から経路を描写するサーヴェイ・マップ的身振りの産出が5歳児,6歳児でみられた。こうした身振りの形態的特徴から,4歳児では自己の身体を原点とした参照枠を,6歳児では経路上のランドマークに基づく参照枠を主に使用していることが示唆された。以上の結果から,幼児期には参照枠が自己中心的参照枠から固定的参照枠へと変化していくことが示唆された。最後に,参照枠の発達的変化に影響を与える要因として,言語的符号化能力と通園経験による学習効果が議論された。
【キー・ワード】自発的身振り,発話,参照枠,空間認知,幼児

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幼児における助数詞の理解:存在論的カテゴリーに注目して ( 佐藤 賢輔・針生 悦子

日本語話者の幼児は助数詞をいつ,どのように理解していくのか,という問題を明らかにするため,数えられる対象が動物か非動物かという存在論的区別と助数詞カテゴリーの関連についての幼児の理解に注目し,幼児における助数詞の理解の発達的変化を検討した。3歳から6歳の幼児81名を対象に,実験者が操るパペットが,絵カードに描かれた事物をわざと誤った助数詞を用い数えてみせ,幼児がその誤りを指摘し,適切な助数詞を用いて修正できるかをみる「エラー検出法」を用い,幼児における主要な有生助数詞,無生助数詞の理解を調べた。その結果,5歳半以下の幼児は,パペットの助数詞の誤りをほとんど指摘できなかったのに対して,年長児(5歳半〜6歳半)は,パペットが存在論的カテゴリーの境界を越える誤った助数詞を用いた場合に,特にその誤りを指摘できた。また,パペットの誤りを修正する際や,適切な助数詞を選択肢から選択する課題においても,年長のみで,存在論的カテゴリーの境界を越える助数詞の誤りが少ないという傾向が認められた。以上の結果から,幼児の助数詞カテゴリーに関する理解が5歳ごろから始まり,その初期において,幼児が対象の存在論的区別に関する知識を手がかりとして利用していることが示唆された。また,各助数詞カテゴリーの獲得順序について,基礎レベルのカテゴリー名と対応のある助数詞の獲得が早いという可能性も示唆された。
【キー・ワード】幼児,言語発達,助数詞,存在論的カテゴリー,エラー検出法

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キリスト教における「宗教性」の発達および援助行動との関連:キリスト教主義学校生徒を中心にして(松島 公望

本研究では,キリスト教主義学校生徒のキリスト教における「宗教性」の発達および援助行動との関連について検討した。まず, Glock (1962) および Verbit (1970)による「宗教性」に基づいた中高生版宗教意識尺度,宗教行動尺度,および援助行動尺度を作成した(対象者1,999名)。次に,キリスト教主義学校生徒(1,881名)を対象に,キリスト教における「宗教性」の発達的差異を検討した。その結果,「クリスチャンであること」と「家族がクリスチャンであること」がキリスト教における「宗教性」の高さを示す要因となることが示唆された。また,一部のキリスト教における「宗教性」では,学校段階による発達的差異がみられることが示唆された。最後に,中学・高校生クリスチャン(183名)を対象に,キリスト教における「宗教性」と援助行動との関連を検討した結果,親がクリスチャンではない「クリスチャン一世」と親がクリスチャンである「クリスチャン二世」間では異なる特徴を持つことが示唆された。
【キー・ワード】宗教性,援助行動,キリスト教主義学校,クリスチャン,青年

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