発達心理学研究第20巻(2009年)   


20巻1号

「言語使用の発達と教育:意味の成層化とストーリー化(岡本 夏木)

発達研究における基礎学と臨床学間に,発達理論と教育方法間の乖離とギャップを埋めてゆく一つの作業として「言語使用空間の発達モデル」を提案する。それは三つの軸として,意味の成層化による用語的レベル対含意的レベル,理解の様式としての因果的説明対ナラティヴ的解釈,使用領域としての世界知識の形成対自己形成よりなる。それらをもとに,教育方法革新の手がかりとしてのインプリケーションをのべる。
【キー・ワード】言語使用,意味,成層化,含意,因果性,ナラティヴ,ストーリー化

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発達心理学の制度化と人間の個体化(浜田寿美男)

発達心理学の研究はこの数十年で大きく躍進し,日本発達心理学会の会員数も設立時に比べて約10倍に達している。その背後で発達心理学に対する一般の期待が大きくなり,これを職業とする人が増え,それだけ発達心理学はこの社会のなかで制度化してきた。それは一面において歓迎すべきことであるが,他方において研究そのものがその制度化の枠に閉じることにもつながる。結果として,発達心理学がとらえるべき人間の世界が,その既成の理論と方法によって切りそろえられる危険性を抱えている。たとえば子どもたちの生きる生活世界がその個体としての能力・特性の還元されることで,その能力・特性の発達は見ても,その能力・特性でもってその子どもがどのような生活世界を生きているかというところに目がいかない。臨床発達心理士の資格化なども,この種の個体能力論を超える道を探ることなく,この枠組のなかで自足してしまえば,人間の個体化の波に飲み込まれて,人と人との本来的な共同性をそこなうものになりかねない。発達心理学における人間の個体化を乗り越えて,あらたな発達心理学のパラダイムを模索していくことが,いまこそ求められているのではないか。
【キー・ワード】科学の制度化,個体能力論,生活世界,発達心理学のパラダイム

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あおむけで他者,自己,物とかかわる赤ちゃん:子育ちと子育ての比較行動発達学(竹下 秀子)

発達と進化を後成的にとらえる立場から,まずゴットリーブによる「行動の新表現型進化説」を参照し,個体発達によって新たな行動の表現型が生じて,それが世代を越えて維持されて淘汰の対象となっていく可能性を述べた。加えて,個体発達の改変にヘテロクロニーが関与していることを指摘した。続いて,人間への進化においては,発達初期の母子の相互交渉の変容が種に独自のあおむけを新たな行動の表現型として生みだした可能性を指摘し,通常は生後3〜4か月には安定したあおむけの姿勢でいられるようになることが,いかなる点で発達システムの進化とみなしうるかを,1)特大の新生児,2)「幼児期」の出現と複数者による養育,3)母子相互交渉におけるトレードオフ,4)ジェネラルムーブメント,5)自己接触行動,6)物の探索と操作の点から論じた。さらに,象徴や表象,言語は感情の発達が生みだしたものだとするグリーンスパンとシャンカーの「機能的感情の発達進化説」を紹介し,母子コミュニケーションと感情調整の発達の表象発生における意義と,これにかかわるあおむけの意義を述べた。最後に,出生後のあおむけでの活動としても引き継がれる胎児期の行動発達と母子コミュニケーションについて,4次元超音波画像診断装置をもちいて人間およびチンパンジー胎児を対象として実施した研究について述べた。
【キー・ワード】あおむけ,コミュニケーション,行動の新表現型,機能的感情,表象

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映像発達研究法の可能性:フィールドにおける洞察を観る(瀬斉藤こずゑ)

発達心理学の研究において利用される映像(写真,ビデオ,フィルム)は,ビデオ機器の利用が始まった1970年代頃から近年に至る技術的利便性の向上に伴い,膨大な蓄積があると思われる。しかし心理学領域における,写真を含む映像メディアの理論化の遅れは,子どもの映像認識発達の解明よりも,研究者の方法論としての映像利用の考察において立ち遅れ,結果として映像メディアの本来の可能性を不当に狭めるものとなっていると思われる。今日の人々の映像利用の増大の潮流にあっては,映像を単にデータ作成の補助的道具として位置づけるのではなく,発達現象の研究内容と深く関わるものとして映像メディアを位置づけ直し考察することが急務である。このような心理学の現状に比して,すでに映像利用の新展開を迎えている,一般社会や他の学問領域を参照しつつ,今後の発達心理学における映像メディアの位置づけと理論化の可能性を提唱する。
【キー・ワード】映像発達研究法,映像メディアリテラシー,映像認識論,間メディア性,研究者のストーリー

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乳児の手の活動における機能的左右非対称性:出生から1歳までの縦断研究(橘   廣)

本研究では,乳児の手の活動における機能的左右非対称性について検討することを目的とした。研究1では,機能的左右非対称性の出現状況を検討するために,1ケースの出生から1歳までの,養育者の自然観察による縦断研究を行った。結果は,リーチングの観察される以前に,手指操作の基礎となるような左右の手の機能的非対称性が観察された。その機能的な差異は,リーチングの優位性とは関係なく観察期間を通じて一貫しており,右手優位は継時性,左手優位は空間性が必要とされる動作で観察された。また同日の種々の手指活動においては,高度の技能を要し操作性の高い活動であるほど,一側化が顕著にみられた。研究2では,同時期に優位な手が異なっていた,指さしとパッティングの優位性の変化を検討するために,約1カ月間使用手の頻度調査を行った。その結果,指さしは,独立歩行開始が観察された日より優位な手に変化がみられたのに対し,パッティングの頻度は右手優位で一貫していた。以上の結果から,技能を含む操作性の高さが一側化に重要な要因となることが示唆された。操作性の高さおよび半球機能分化の時期について考察された。
【キー・ワード】ラテラリティ, 手の左右非対称性, 乳児期, 操作, 縦断研究

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顔刺激からの注意の解放における加齢の影響(久保(川合)南海子・坂田陽子)

注意にはある対象を捕捉する過程ばかりでなく,いったん捕捉した対象から注意を解放する過程も含まれる。亀井・坂田・熊田(2006)は高齢者を対象に注意の捕捉を検討し,線画による顔刺激への反応は文字刺激より速く,解像度の低い周辺視の段階でも処理が可能であることを示唆した。そこで本研究では,実験1として,高齢者でも捕捉の速い顔刺激を注視刺激として呈示した後ターゲット刺激を左右どちらかに呈示し,その検出にかかった反応時間を基に顔刺激からの注意の解放に関する加齢の影響を検討した。また,顔刺激からターゲット刺激が呈示されるまでの時間を操作することで,解放過程における促進の効果についても検討した。その結果,高齢者は時間間隔が長くなると解放が促進される効果が若齢者よりも大きく,顔刺激からの注意の解放がそうでない刺激よりも速いことが示唆された。若齢者の反応時間には注視刺激の違いはみられなかった。続いて実験2では,顔刺激の表情による注意の解放の違いを検討したが,どちらの年齢群にも表情に違いによる反応時間の差は見られなかった。
【キー・ワード】注意の解放,加齢,顔刺激,表情

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母親は子どもへの不快感情をどのように説明するか:第1子誕生後2年間の縦断的研究から(菅野幸恵・岡本依子・青木弥生・石川あゆち・亀井美弥子・川田 学・東海林麗香・高橋千枝・八木下(川田)暁子)

本研究では子育て・親子関係を正負双方の側面をもちあわせたダイナミックなプロセスとしてとらえ,はじめて子どもを産む女性を対象に,子どもに対する不快感情についての説明づけを縦断的に検討した。具体的には子どもが2歳になるまでの間3ヶ月ごとにインタビューを行い,そこで得られた子どもに対する不快感情についての説明づけを分析することを通して,母親たちのものの見方を明らかにした。母親たちのものの見方は,目の前のわが子の育ち,子育ての方向性,母親自身の資源とが,せめぎあうなかで成り立っていることが考えられた。生後2年間の変化として,子どものことがわからないところから子どもの行動をパターン化し,1歳の後半には人格をもった一つの主体としてとらえるようになるプロセスと,世話・保護の対象から親の影響を受けるひとりの主体として子どもをとらえ,ソーシャライザーとしての役割を認識するようになるプロセスがあることが明らかになった。そのようなものの見方の変化は子どもの発達と不可分であることが示された。
【キー・ワード】子育て,子どもに対する不快感情,説明づけ,ものの見方,縦断的研究

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幼児期における不思議を楽しむ心の発達:手品に対する反応の分析から(富田 昌平)

本研究の目的は,不思議を感じとりそれを楽しむ心の発達について明らかにすることであった。研究1では,幼稚園年少児29名,年中児34名,年長児33名に3つの手品を見せ,そのときの幼児の顔の表情,探索行動,言語回答を観察し分析を行った。その結果,年少児では手品を見せられても顔の表情にあまり変化がなく,手品の不思議の原理を探ろうとする探索行動も全く見られなかったのに対して,年中児では軽く微笑んだり声をあげずに笑うなどの小さい喜び反応が増加し,探索行動も現れるようになり,さらに年長児では声をあげて笑ったりうれしそうに驚くなどの大きい喜び反応が増加し,探索行動も増加するといった一連の発達的変化が確認された。研究2では,研究1に参加した幼児86名に対して空想/現実の区別課題を行い,研究1の手品課題における反応との関連について検討した。その結果,空想/現実の区別を正しく認識している幼児ほど,手品を見たときに喜び反応をより多く示していたことがわかった。以上の結果から,不思議な出来事に遭遇したときに生じる,出来事の不思議に気づき,それを楽しみ,探究するといった心の動きが幼児期において発達すること,そしてその発達の背景には空想/現実の区別についての認識発達が存在することが示唆された。
【キー・ワード】想像,空想,手品,空想/現実の区別,幼児

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20巻2号


幼児を育てている親の子育てに関する省察の3層モデルの検討(朴  信永・杉村伸一郎)

本研究の目的は3〜5歳児の親を対象に子育てにおける認知過程の構造を明らかにすることであった。特に本研究では,従来メタ認知や内省的注意力などと呼ばれてきたものも含めて省察という概念で統一し,その省察が3つの階層と3つの領域(親自身に関する省察(PR),子どもに関する省察(CR),他者をとおした省察(OR))から構成されるモデルを子育てにおける認知過程として仮定した。先の3つの領域別に親の省察に関する尺度を作成し,自己意識・自己内省,親子関係,母性意識,養育態度を測定する尺度とともに質問紙調査を実施し,259人の親から回答を得た。親の省察尺度について因子分析の結果,PRとORにおいてはそれぞれ2因子,CRにおいては3因子を得た。これらの因子に基づいた低次の省察が高次の省察に影響を及ぼす3層モデルを構築し,共分散構造分析によってその妥当性を確かめた。また,省察尺度の3つの下位尺度(PR, CR, OR)すべてにおいて信頼性は十分高く,親の省察尺度とその他の尺度の相関からも省察尺度の信頼性と妥当性が確認された。
【キー・ワード】子育て,親の認知,親の省察,幼児

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幼児が複数の遊離物を扱い始めるとき: 幼児のブロック遊び場面における環境の表面のレイアウトの記述(野中 哲士)

乳児の動画データベース (佐々木, 2008) 作成のために収集されたビデオ映像を用いて,ある幼児が誕生後14ヶ月から24ヶ月まで家庭で繰り返し行ったブロック収集行為を縦断的に観察した。本研究では特に,幼児の行為の周囲にある環境の表面のレイアウトに注目することで,環境と動物の行為を切り離さずに,行為を含意する環境を記述し,環境を含意する行為を記述することが可能であることを示した。本研究の結果,床面の遊離物の配置がもたらす行為の機会を反映した幼児の柔軟な姿勢の変化が見られ,また,幼児は周囲の遊離物の配置換えを行うことによって,さらなる行為の機会を維持,獲得していたことが示された。環境の表面のレイアウトを反映する新たな行為群の創発と,それとともに生じる制約の変化に際して,幼児がブロック収集という同一の目的を柔軟に遂行していたことは,環境がもたらす制約の中で,幼児の行為群が補償的に結びつく形で選択されていたことを示唆するものと考えられる。
【キー・ワード】遊離物,表面のレイアウト,柔軟性,姿勢,アフォーダンス

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青年期女子の友人関係スタイルと心理的適応および学校適応との関連(石本 雄真・久川 真帆・齊藤 誠一・上長 然・則定百合子・日潟 淳子・森口 竜平)

本研究は,青年期女子の友人関係のあり方と心理的適応や学校適応の関連を検討することを目的とした。友人関係のあり方を心理的距離と同調性といった2側面から捉え,学校段階ごとに心理的適応,学校適応との関連を検討した。女子中学生96名,女子高校生122名を対象に友人との心理的距離,同調性,心理的適応,学校適応について測定した。その結果,表面的な友人関係をとる者は,心理的適応,学校適応ともに不適応的であることが示された。心理的距離は近く,同調性の低い友人関係をとる者は,心理的適応,学校適応ともに良好であることが示された。心理的距離は近く,同調性の高い密着した友人関係をとる者は,中学生では概して適応的であった。一方,高校生で密着した友人関係をとる者は,学校適応においては適応的であるものの,心理的適応に関しては不適応的な結果も示した。これらの結果から,同じ青年期であっても学校段階ごとに友人関係のあり方が持つ意味が異なるということが明らかになった。高校生においては,心理的距離は近くとも同調的ではない友人関係を持つことが心理的適応にとって重要であることが示唆された。
【キー・ワード】青年期,友人関係,心理的距離,同調性,学校適応

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模型空間における幼児の再定位: 幾何学的情報とランドマークの利用ならびに身体移動の効果(多田 幸子・杉村伸一郎)

本研究の目的は,自分が内部に入り込むことができない長方形の模型空間を用い,再定位における幾何学的情報とランドマーク情報の利用の程度を明らかにするとともに,それらの情報利用に定位喪失時の身体移動が及ぼす効果を検討することであった。実験1では成人32名を,実験2では3-6歳児60名を対象に,定位を喪失させた後に対象探索課題を実施した。その結果,成人は幾何学的情報とランドマーク情報を組み合わせて正しい角を探索したが,3-6歳児は幾何学的情報よりもランドマーク情報を利用し,2つの情報を組み合わせて利用することが困難であった。また,成人では,定位喪失時に身体移動を伴わない模型空間回転条件の方が参加者回転条件に比べて,幾何学的情報を利用していた。しかし,3-6歳児では,幾何学的情報とランドマーク情報の利用に対する身体移動の効果がなかった。以上より,模型空間における幼児の再定位では,移動可能空間と異なり,ランドマーク情報に重点が置かれた空間表象が形成され,身体移動は大きな役割を果たさないことが示唆された。
【キー・ワード】幾何学的モジュール,空間定位,空間認知,認知発達

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発話者を特定する外部情報のソースモニタリング能力に関する発達的研究: 自己紹介課題を使用した検討(近藤  綾)

本研究は,年少児,年中児,年長児を対象に,発話者の特定を行う外部情報のソースモニタリング能力に関する発達的検討を行った。まず学習として,各年齢の半数の参加者には自己紹介文,残りの半数には単語を,男性と女性の音声刺激でそれぞれ提示した。その後のテスト時では,再認テストとソースモニタリングテストを行った。ソースモニタリングテストでは,“男性の声だけで聞いた”,“女性の声だけで聞いた”,“男性と女性の両方の声で聞いた”,“どちらの声でも聞かなかった”,の4つの項目から判断させた。その結果,年中児と年長児は,年少児よりもソースモニタリングテストの成績が良かった。また,年中児と年長児は,単語と比較して自己紹介文のほうが判断成績が良かった。そして,どの年齢においても4つの判断項目のうち“両方に共通する情報(両方の声で聞いた)”の項目に対する判断成績が最も悪く,幼児は2人の発話者の両方から提示された情報を判断することが困難であった。以上の結果から,年中児以降では,自己紹介文のほうが単語よりもソースモニタリング判断を行いやすいことが示唆された。また,年少児でも,一定のソースモニタリング能力は備わっていることが明らかとなった。
【キー・ワード】幼児, ソースモニタリング, 記憶の発達, 認知発達

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小学校1年生のほめられることによる感情反応: 教師と一対一の場合とクラスメイトがいる場合の比較(青木 直子)

本研究は,ほめられる際の他者の存在の有無によって,感情反応に差異がみられるかを検討したものである。調査1では,教師からほめられる際,教師と一対一の状況とクラスメイトがいる状況を提示し,それぞれの場合に生じると思われる感情についてたずねた。その結果,どちらの状況でも肯定的な感情が生じると報告するパターン,どちらの状況でも肯定的な感情が生じるが,クラスメイトがいる状況では否定的な感情も同時に生じると報告するパターン,教師と一対一の場合には肯定的な感情,クラスメイトがいる状況では否定的な感情が生じると報告するパターン,一対一の状況よりもクラスメイトがいる状況でほめられる方がより肯定的な感情が生じると報告するパターンの4つがあることが明らかになった。調査2では,調査1で用いた2つの状況のうち,ほめられてうれしい場面とその理由についてたずねた。ほめられてうれしい場面として選択された状況に偏りはみられなかったが,教師と一対一の状況を選択した子どもはその状況の静かさ,クラスメイトがいる状況を選択した子どもはクラスメイトからもほめられる可能性を状況選択の理由として挙げることが多く,状況ごとにうれしさを生じさせる背景が異なることが示された。
【キー・ワード】ほめ,感情,社会的文脈

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他者との協同構成過程での知的方略の内面化はいかにしたら促進されるか(奈田 哲也・丸野 俊一)

本研究は,奈田・丸野(2007)を踏まえ,「自分とは異なる他者の考えを聞き,双方の考えを比較・検討することで自分の考えを捉え直す(自己省察する)という一連の過程を繰り返し体験していく中で,異なる考えの有効性や新たな解決方略を発見し,最終的には,単独で有効方略を実行できるようになる」という内面化過程を想定し,その促進化を図る実験を行った。小学3年生を対象に,プレテスト(単独),協同活動セッション,ポストテスト(単独)という流れのもとに,最短ルートで指定された品物を購入してくる買い物課題を行わせた。協同活動セッションでは,“他者の異なる考えを聞く”と“自己省察を行う”といった2側面の有無の組み合わせから成る4条件を設定した。また,内面化の過程には,認知面での認識の変化を実際の遂行過程で実感することの体験が不可欠であるという前提のもとに他者とのやりとりの内容を8試行繰り返した。その結果,他者の異なる考えを示し,自己省察する2側面を兼ね備えた条件では,やりとりを繰り返し行っていく中で課題解決にとって最適な方略をスムーズに内面化できるという作業仮説を支持する結果が得られた。
【キー・ワード】内面化過程,自己省察,協同問題解決,知識構築

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幼児におけるサンタクロースのリアリティに対する認識(富田 昌平)

本研究では,サンタクロースのリアリティに対する幼児の認識を調べた。研究1と2では,私たちは“昼間に保育園のクリスマス会で出会う大人が扮装したサンタ”(直接的経験)と“夜中に子どもの寝室にプレゼントを届けてくれるサンタ”(間接的経験)について子どもにインタビューした。その結果,4歳児は大人が扮装したサンタを“本物”と判断する傾向があるのに対し,6歳児は“偽物”と判断する傾向があることが示された。他方,6歳児は夜中にプレゼントを届けてくれるサンタを“本物”と判断していることが示唆された。研究3では,研究1と2の2種類のサンタに加えて,“デパートで出会うサンタ”,“昼に子どもの家を訪問するサンタ”,“夜に空を飛んでいるサンタ”,“夜にサンタ国に子どもを招待するサンタ”について,本物か偽物かの判断を求め,その根拠も求めた。その結果,5歳児は外見の類似をもとにサンタを「本物」と判断する傾向があるのに対し,6歳児は伝承されているサンタクロース物語と登場文脈との一致をもとに,“寝室”,“空の上”,“サンタの国”サンタを「本物」,“デパート”,“保育園”,“玄関”サンタを「偽物」と判断する傾向があった。以上の結果は,サンタクロースのリアリティ判断の発達における直接的経験と登場文脈の影響という点で議論された。
【キー・ワード】サンタクロース,リアリティ判断,直接的経験,登場文脈,幼児

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乳児をもつ母親の抑うつ傾向と夫からのサポートおよび ストレスへのコントロール可能性との関連(小林佐知子)

本研究は,乳児をもつ母親の抑うつ傾向と夫からのサポートとの関連について,育児関連ストレスへのコントロール可能性を含めて検討することを目的とした。3〜4ヶ月児をもつ242名の母親を対象に,育児関連ストレス,夫からのサポート,ストレスへのコントロール可能性と抑うつ傾向との関連について検討した。その結果,育児関連ストレスは抑うつ傾向と直接的に関連をするとともに,コントロール可能性を介して間接的に関連をすることが明らかになった。一方,夫からのサポートは抑うつ傾向と関連しなかった。夫からのサポートとコントロール可能性の交互作用がみられ,コントロール可能性は抑うつ傾向と負の関連をするが,その関連性は夫からのサポートによって異なることが示された。コントロール可能性が低い場合でも,夫からのサポートが多い母親は,少ない母親に比べて抑うつ傾向が低かった。これらの結果から,抑うつを予防するためには,母親自身がストレスへのコントロール可能性を認知することが必要であること,コントロール困難な場合には,夫からのサポートが有効であることが示唆された。考察では,これらの知見を踏まえた産前教育の必要性が論じられた。
【キー・ワード】夫からのサポート,育児関連ストレス,コントロール可能性,抑うつ傾向

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幼児期における楽音の音高識別力について: 評定方法の再検討 (山根 直人)

これまで幼児期の楽音の音高識別力については,Seashore(1936)の音楽能力テストや音研式音楽能力診断テスト(音楽心理研究所, 1966) などで取り上げられているものの,音高識別力の機序は充分に明らかにされていない。その理由として,幼児の音高識別力の評定する確立した方法がないということがあげられる。現代の乳幼児を取り巻く音楽環境の多様さを考慮すると,幼稚園,保育所における指導,教材等の方法を検討する際,音高識別力の発達の様相を知ることは重要と考える。本研究では,幼児の音高識別力の評定方法について検討するため,まず実験1で3歳児を対象に音研式テストをもとに開発した,絵と音高列とのマッチングによる音高識別実験を行った。そこから明らかとなった評定方法の問題点を考慮し,実験2で音感ベルを刺激とした音高識別実験を,2~6歳児に実施した。その結果,2, 3歳児と4, 5, 6歳児の間で有意な識別成績の差が見られた。本実験で用いた評定方法より得られた結果は,幼児の音高識別力は識別成績が加齢とともに上昇する傾向を示すものだった。さらに,2, 3歳児のための楽音の音高識別力の評定方法の必要性が明らかとなった。
【キー・ワード】楽音,幼児,音高,識別,評定方法

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20巻3号


思春期・青年期から成人期における慢性疾患患者の モーニング・ワークのプロセス (今尾 真弓)

本研究では,思春期・青年期から成人期というタイム・スパンにおける慢性疾患患者のモーニング・ワークの特徴,および,モーニング・ワークの2つのモデル(段階モデル・慢性的悲哀モデル)への適合性について,短いタイム・スパンについての検討結果(今尾, 2004)との比較対照も加味し,検討を行った。思春期・青年期に発病し,成人期の発達段階にある慢性疾患患者9名(男性2名,女性7名)を対象に半構造化面接を実施し,発病後の心理過程に焦点づけたライフ・ストーリーを聴取した。結果は,次の3点に要約される:(1)モーニング・ワークのプロセスは,慢性的悲哀モデルよりも段階モデルへの適合性がより強くなることが示された。また,モーニング・ワークのプロセスは4つの群に分けられた。(2)病気の悪化・再燃の有無およびその時期が,4つの群を分ける要因となっていた。特に思春期・青年期における病気の悪化・再燃が,「職業」というライフ・イベントに影響を及ぼした場合,病気はアイデンティティ発達への影響をもたらすと推測された。(3)成人期の心理社会的発達課題である親密性確立については,モーニング・ワークとの間により,複雑な関連があると推測された。今後,異なる発達期およびタイム・スパンにおけるモーニング・ワークの展開を検討しながら,アイデンティティや親密性という心理社会的発達課題とモーニング・ワークとの関連を明らかにすることが課題として残された。
【キー・ワード】慢性疾患,モーニング・ワーク,青年期,成人期,生涯発達

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青年期から成人期にかけての社会への移行における社会的信頼の効果: シティズンシップの観点から(白井 利明・安達 智子・若松 養亮・下村 英雄・川ア 友嗣)

本研究の目的は,社会的信頼が青年期から成人期にかけての発達としての社会への移行を促すことができるかどうかを検討することである。社会的信頼とは社会が信頼に足るとする信念のことをいう。社会的信頼は,社会が人々の自由な結合からなりたつとするシティズンシップの観点から重要である。23歳から39歳の4年制大学または短期大学を卒業した大卒者8,336名(男性と女性と含む)に対してネット調査による質問紙調査を実施した。社会的信頼は1つの文章を完成させる文章完成方法で測定された。その結果は以下のとおりである。まず,第1に,社会的信頼は,社会に移行した結果として高められるだけでなく,社会への移行を促進する原因となる要因でもあることが明らかにされた。第2に,結婚していること,収入が多いこと,出身大学の難易度が高いこと,大学時代における社会関係資本が社会的信頼を高めていた。今後は社会的信頼が社会移行を促すメカニズムの解明が課題とされた。
【キー・ワード】社会への移行,社会的信頼,キャリア発達,青年期,成人前期

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口唇裂口蓋裂者の自己の意味づけの特徴(松本 学)

本研究の目的は,口唇裂口蓋裂(Cleft lip and/or palate; CLP)を有する人々について,各発達期における自己の意味づけの特徴とその変化を明らかにすることである。CLPは,先天的可視的変形の代表的疾患であり,機能障害の他に裂による可視的変形を有している。このため,発達早期から成人期に至るまで継続した治療を必要とする。T大学歯学部付属病院に口腔管理治療のため来院した成人期CLP者14名(男性6名,女性8名,平均年齢25.4歳,両側性口唇口蓋裂5名,片側性口唇口蓋裂9名)に対して,同病院外来にて児童期から成人期までのCLPに関する経験についての回想的語りによるライフストーリーインタビューを行った。その結果,彼らの自己の意味づけ特徴として【「傷」がある自己の意味づけ】,【自己理解に影響する要因の意味づけ】,【対処】の3つの概念が生成された。この特徴の各発達期における変化を見ると,児童期前期の〈機能障害・可視的変形への気付き〉から児童期中期から後期の〈他者との違いの理解〉,思春期の〈低い自己評価〉,青年期後期から成人期の〈CLPをもった私の理解〉へと変化していた。今後の課題として,本研究の知見に基づき,CLP者の自己の個別発達の検討および,発達的支援の構築が急務であると考えられた。
【キー・ワード】口唇裂口蓋裂,可視的変形,自己の意味づけ,回想的語り

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幼児における手指の巧緻性と計算能力の関係 (浅川 淳司・杉村伸一郎)

幼児は数を表したり数えたりする際に指を使っている。幼児の計算時における指の利用に関しては計算の方略という観点から研究が多く行われており,発達段階や課題によって指の利用頻度や用い方が変化することが明らかにされてきた。これらの結果は,計算において指の利用が重要な役割を果たしていることを示唆しているが,近年,指の認識の発達も計算能力に関係することが指摘されはじめた。そこで本研究では,指の認識過程において重要な役割を果たすと考えられる手指の運動に着目し,幼稚園の年長児48名を対象に計算能力と手指の巧緻性の関係を検討した。その結果,手指の巧緻性と計算能力との間には有意な強い相関がみられ,この関係は,月齢と動作性の知的発達得点や月齢と短期記憶容量の得点を統制しても,変わることがなかった。また,計算能力との相関は短期記憶容量よりも指の巧緻性の方が強かった。以上の結果から,就学前の子ども計算能力には,従来の知見から予想される以上に,手指の巧緻性が関係していることが示唆された。
【キー・ワード】計算能力,手指の巧緻性,指の認識,幼児

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確率量化操作の発達的研究:「サイコロ課題」を用いて (伊藤 朋子)

本研究では,中学生32名と大学生54名を対象に,サイコロふりに関する基礎的な確率課題を出題し,伊藤(2008)の確率量化操作の4水準の発達段階を理論的に発展させた3段階2水準の発達段階の妥当性を検証する調査を行った。その結果,確率量化以前の段階0,基本的な1次的量化が可能な段階TA,加法的合成を伴う1次的量化が可能な段階TB,基本的な2次的量化が可能な段階UA,加法的合成を伴う2次的量化が可能な段階UB,基本的な条件付確率の量化が可能な段階VA,ベイズ型条件付確率の量化が可能な段階VB,という確率量化操作の発達段階が見出された。中学生の多くは段階TAにとどまること,大学生の多くは段階U以上にあるが,段階UBで必要とされる場合分けという第1の障壁のために段階UAにとどまる場合があること,段階UBに到達した大学生でも,思考の可逆性という第2の障壁のために段階Vの到達には困難を要することが明らかになった。
【キー・ワード】確率量化操作,発達段階,場合分け,条件付確率,思考の可逆性

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ある5歳男児の就学期にかけての家族間コミュニケーション: 母・兄姉間会話への参入過程に着目した夕食時の会話の縦断的検討(岩田 美保)

本研究は,ある 5歳男児(Y)の就学期にかけての母と学童期の兄姉との夕食場面の会話での言語的やりとりを通してみられる家族間コミュニケーションの発達的変化について,母と兄姉間の会話へのYの参入過程に焦点をあて検討を行った。会話の全体的な変化として,Yの就学期にはYの発話量が増加し,母を軸とした母子4者間のやりとりがより活発となることが推察された。また,Yの就学期前にはYと兄姉との教示的なやりとりが多くみられ,Yの就学期では就学期前からみられた『出来事の回想や人の行為や内的状態等』に関するやりとりがYと母や兄姉との間で中心となったことから,環境移行を伴う就学期だけでなく就学前の早い時期から,学校への適応に重要と考えられる,学校教育にも広く関わる知識や教養及び,学校での経験や教師・友人に関する内容を含むやりとりがなされていることが窺えた。母・兄姉間の会話へのYの参入過程については,観察開始直後(Yの就学期前/1期)では効果的な参入に結びつきにくい参入コメントが中心であったが,就学期にかけて,話題の文脈に沿った効果的な参入や兄姉や母との一定のテーマに沿った会話の継続がより一層可能になることが示された。また,Yの自主的な参入コメントへの応答に関し,母はより受容的な応答がみられ,文脈に直接的にはつながらない参入コメントに対しても多様な応答がなされるなど,母ときょうだいの関わりの違いが示唆された。
【キー・ワード】談話,就学期への移行,家族間コミュニケーション,会話,縦断的研究

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低出生体重児における母子再統合場面での 「抱き」の変化と母子相互作用(飯塚 有紀)

本研究は,低出生体重児が保育器に収容されることによって母と分離され,保育器を出ることによって再統合された20組の母子について,特に「抱き」と「子どもの動き」に注目して観察を行った。その結果,まず「抱き」の種類の変化について検討するため,再統合直後(以下「前期」)と退院直前(以下「後期」)を比較したところ,前期では「横抱き」の出現数が最も高く,後期では「対面抱き」が最も高かった。これは,「横抱き」に「対面抱き」が追加されるという「抱き」の種類の増加の過程であった。また,「子どもの動き」の出現数を検討したところ,後期の出現数は,前期のそれに比して有意に増加した。このことから,母親が「対面抱き」を「抱き」の種類に加える過程と「子どもの動き」の増加との間には密接な関係が予想されたため,この関係について検討すべく「抱き」の前後に起こるイベントを考察したところ,「対面抱き」にはより遊び的な機能,「横抱き」ではあやしやなだめといった機能のように,その機能に違いがあることが明らかとなった。
【キー・ワード】NICU,低出生体重児,抱き,子どもの動き,母子相互作用

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日本語母語幼児と中国語母語幼児における英語音韻処理の違い(李  思嫻・湯澤 正通・関口 道彦)

本研究では,日本語母語幼児と中国語母語幼児における英語の音韻処理の違いを検討し,英語の音韻習得の課題を明らかにした。研究1では,4種類の音韻構造の1音節英単語(CVC, CCVC, CVCC, VCC)を聴覚提示し,その語頭音を同定させる音韻認識課題を,日本語母語幼児32名,中国語母語幼児33名に実施した。研究2では,同じ1音節英単語を聴覚提示し,反復させる課題を,日本語母語幼児15名,中国語母語幼児33名に実施した。その結果,1音節英単語の語頭音の同定能力は,全般に,日本語母語幼児の方が優れており,両者の違いが,特に, VCC とCCVCの音韻構造の単語で見られた。しかし,日本語母語幼児は,反復課題の成績が悪く,特に, CCVCとCVCCの音韻構造の単語で,中国語母語幼児より,音韻認識課題のみ正答の単語数が多かった。一方,中国語母語幼児は,1音節英単語の反復能力に優れており,音韻構造に関わりなく,反復課題のみ正答の単語数が多かった。これらの違いは,日本語と中国語での音声知覚の違いを反映しており,日本語母語者にとって,複雑な音韻構造の単語をひとつのまとまりとして発声する力を伸ばすことが,中国語母語者にとって,より小さな単位の音韻の認識の能力を発達させることが,それぞれの英語の音韻習得の課題であることが示唆された。
【キー・ワード】音韻認識,音韻処理,英語,幼児,単語反復

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持続的関係における葛藤への意味づけの変化: 新婚夫婦における反復的な夫婦間葛藤に焦点を当てて(東海林麗香)

本稿では,持続的関係で起こりうる「同じ原因の葛藤が未解決のままで繰り返し生じる事態」に焦点を当て,新婚女性による記述や語りから反復的葛藤の経過を縦断調査により追跡する中で,その意味づけプロセスについて探索的に検討することを目的とする。その上で,これまで不適応的であるとされることの多かった未解決であるという事態が持続的関係においてどのような意味を持つのかについて再検討する。回答者による解決必要性の認知と意味づけプロセスから未解決事態を分類したところ,解決しなくてもいいという認識の[解消型]においては,相手に対する熟知性や信頼感の高まりや,葛藤を反省的に捉えるようになるという意味づけプロセスが見られた。可能なら解決した方がいいという認識の[保留型] では,最初は混乱や結果への不満を示していたが,葛藤を客観的に振り返る機会をきっかけに[解消型] と同様の意味づけプロセスを経るに至った。解決すべき問題という認識の継続している[継続型]では,問題解決のための方法を模索している[積極継続型] と,解決したいと思いながらも行き詰まりを感じている[消極継続型] という2つのタイプのプロセスがあった。以上の結果により,未解決であることや解決を志向しないことにも異なるタイプがあり,関係性にも異なる影響を与えている可能性があることが示唆された。
【キー・ワード】持続的関係,夫婦間葛藤,新婚期,意味づけ,縦断研究

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多数決の適用についての判断の発達:日本とイギリスとの比較研究(木下 芳子)

児童および生徒が,多数決を適用してもかまわない状況と多数決の適用は問題である状況について理解しているかどうかを日本とイギリスの児童・生徒および大学生を対象に調べた。両国とも小学校3年,6年および中学校2年の児童・生徒と大学生の年齢群で合計240人が調査に参加した。参加者はあるクラスで種々の問題について討議し,決定をしようとしているという設定で, 13の仮説的場面について,多数決で決めてもかまわないかどうか判断し,その理由を述べるように求められた。結果として,両国とも3年生でも概ね多数決を適用してよい場面と適用が問題である場面の区別がついていること,年齢が上になるほど区別は明確になることがあきらかになった。また,多数決の適用の判断に当たっては,国による違いもみられた。イギリスのほうがより課題解決的で,多数決を是認することが多かった。また,日本ではイギリスより感情的反応が多いことなどが示された。判断には,それぞれの国の価値観や社会的決定に対する態度が反映されていることが示唆された。これらの結果は,これまでの比較文化的研究の結果に照らして討論された。
【キー・ワード】集団決定, 多数決, 正当性判断,発達的,文化比較的研究

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20巻4号


順列操作の実行的理解と概念的理解:「対称性の理解」を中心に(阪脇 孝子・中垣 啓)

本研究では,順列操作の発達に関して,順列を実際に作成する際の「実行的理解」と,順列の組織性の発見に関わる「概念的理解」とを区別し,一般化された概念的理解の発達指標として「対称性の理解」(中垣, 1979)が適切なものであるかどうかについて検討を行った。研究1では,幼稚園年長児,小学校2年生,4年生,6年生,中学校2年生を対象として,ブロックを用いて順列を作成する課題(実行的理解に関する課題)と順列の総数予測(概念的理解に関する課題)および対称性の理解を問う課題等を実施した。その結果の分析により,対称性の理解が確立されている場合,複雑な課題であってもより安定した遂行成績が得られる傾向が示された。研究2では,さらに研究1の結果を元に,概念的理解の確立に至る前の移行的年齢層であると思われる小学校5年生を対象として同様の課題を実施した。その結果の分析により,研究1と同様の結果が得られた。これらの検討から,対称性の理解が順列操作の一般化された概念的理解の発達指標として適切であるということが示された。
【キー・ワード】順列操作,発達段階,概念的理解

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妻から夫への信頼感が青年期後半の娘の心理的健康に与える影響(大島 聖美)

本研究の目的は,妻の夫への信頼感が青年期後半の娘の見る父親からの支持的な関わりに影響しているかどうか,さらに娘の見る父親からの支持的な関わりが娘の心理的健康に与える影響を検討することである。そのため,父親用,母親用,娘用の質問紙を作成し,青年期後半の女子とその両親153組を対象に質問紙調査を実施した。分析の結果,夫への信頼感が高い妻の娘ほど,父親から支持的な関わりを多く受けていると認識していることが示された。以上のことから,青年期後半の娘の父親に対する見方には,妻の夫への信頼感が影響している可能性が示唆され,父親の影響を考える上で,母親も考慮する必要性が確認された。さらに,娘が父親から支持的な関わりを受けたと認識することは,娘の自尊心の高さ,抑うつの低さ,幸福感の高さと関連することが明らかとなった。よって,父親から支持的な関わりを受けたという認識は,青年期後半の娘の心理的健康にとっても重要であることが示唆された。
【キー・ワード】妻の夫への信頼感,夫婦関係,父親,青年期後半の娘,心理的健康

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母親の情動表現スタイルが幼児の気質に及ぼす影響(田中あかり)

家族と共にいる時の母親の情動表現スタイルが幼児の各気質側面にどのように影響を及ぼしているのかを検討した。幼稚園に通う3歳から6歳の計311名の幼児の母親に,母親の情動表現スタイルについての質問(Self-Expressiveness in the Family Questionnaire: SEFQ) と子どもの気質についての質問(Children’s Behavior Questionnaire: CBQ) で構成される質問紙調査を行った。その結果,(1)自己中心的で不快感を与える情動表現スタイル得点の高い母親の子どもは自己コントロール得点が低く,親和的・共感的な情動表現スタイル得点の高い母親の子どもは自己コントロール得点が高い,(2)自己中心的で相手に不快感を与える情動表現スタイル得点の高い母親の子どもは否定的情動の生じやすさ得点が高いが,母親の親和的で共感的な情動表現スタイル得点と子どもの否定的情動の生じやすさ得点に関連は見られない,(3)子どもの活発さ・積極性得点はどちらの情動表現スタイル得点とも関連は見られない,(4)子どもの気質の3側面,自己コントロール,否定的情動の生じやすさ,活発さ・積極性は負の相関関係にある,ことが確認された。これらの結果から情動表現スタイルの背景に母親の子どもの情動の調整者としての役割が考えられることを挙げ,子どもの気質を支える環境について議論した。
【キー・ワード】幼児,母親,気質,自己コントロール,情動表現

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母親の抑うつ状態に対するマスタリーの効果: ストレスへの対処とマスタリーとの関連性に着目して (小林佐知子・北川 朋子)

母親の抑うつ状態に対するマスタリーの効果について,対処の視点から検討した。マスタリーはさまざまな出来事へのコントロール感を表すものであり,母親の抑うつ度を低減する働きをする心理的要因と考えられる。妊娠期から出産1ヶ月後にかけてマスタリーと抑うつに関する質問紙調査を行った130名の初産婦のうち21名に対し,出産18ヶ月後の時点でストレスや対処に関する半構造化面接を行った。マスタリー高群9名と低群5名を分析対象者とした結果,マスタリーの高い母親は,マスタリーが低い母親に比べて(1)問題焦点型の対処を多く用いていること,(2)抑うつ状態になりにくいこと,(3)対人ネットワークを拡大する行動を多く用いており,より広いサポート源からの情緒的サポートを獲得していること,(4)マスタリーが高くても,状況の改善がみられない場合に抑うつ度が高くなる可能性があることが示唆された。これらの結果を踏まえ,母親の抑うつ状態に対する介入や支援のあり方を中心に考察を行った。
【キー・ワード】マスタリー,抑うつ状態,対処,母親

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幼児をもつ共働き夫婦の育児における協同とそれにかかわる要因: 育児の計画における連携・調整と育児行動の分担に着目して(青木 聡子)

本研究の目的は,育児における夫婦間の協力に着目し,協同育児としてそれにかかわる要因を明らかにすることである。具体的には,幼児をもつ共働き夫婦185組を対象に質問紙調査を実施し,パス解析を行った。その結果,夫は,「配偶者からの育児の相談や調整の期待」を感じとって,「相互理解・調整」や「遊び相手の分担の衡平さ」,「世話の分担の衡平さ」が促進されること,それと同時に,「積極的・肯定的な親役割意識」や育児にかかわることに対する理解・支援が得られる「仕事環境」であるという認識も重要であることが示された。また,妻は,夫同様に,「配偶者からの育児の相談や調整の期待」や「育児による負担・制約の少なさ」を感じることで,「相互理解・調整」や「遊び相手の分担の衡平さ」,「世話の分担の衡平さ」が促進された。さらに育児の責任にかかわる「相互理解・調整」には,「積極的・肯定的な親役割意識」が反映されること,育児にかかわることに対する職場からの理解・支援が得られ,育児と仕事を両立し易い「仕事環境」であると感じていることも重要であることが示された。
【キー・ワード】協同育児,幼児,共働き夫婦

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幼児による嘘と真実の概念理解と嘘をつく行為(上宮  愛・仲 真紀子)

子どもの証言能力の査定では,嘘と真実の理解や,意図的に嘘をつけるかどうかが重要な問題となる。従来,幼児による嘘と真実の理解は,嘘と真実を概念的に弁別させる,定義させる,同定させる,実際に嘘をつかせるなど,様々な課題を用いて研究されてきた。しかしこれらの課題間の関係は必ずしも明らかではなく,嘘と真実に関するどのような理解が実際に嘘をつく行為と関わっているのかは明確でない。本研究では,様々な課題を用いて嘘と真実の理解を調べるとともに,これらの課題と嘘の産出との関係を調べた。年少,年中,年長児(3-6歳)73名が,人形が嘘をついているか,真実を話しているかの判断する同定課題(1),嘘と真実の違いについて説明する弁別課題(2),嘘と真実の定義をする定義・善悪判断課題(3),話者の信念と嘘との関係を調べる嘘の基準を明確化する課題(4),適切な嘘をつけるかどうかを検討する行動課題(5)を行った。その結果,年少児に比べ,年中,年長児は嘘と真実の善悪判断や同定を正しく行うことができた。また,年長児では嘘か否かの判断には信念が関わっていることの理解が可能になり始めることが示された。行動課題では,年少児は意図的に相手を騙すことができるような嘘をつくことは難しいが,年中,年長ではそれが可能になる。また,嘘をつく能力は,“信念の理解”によって一部予測できる可能性が示唆された。
【キー・ワード】幼児,宣誓,嘘/真実の概念理解,嘘をつく行為

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お金の文化的媒介機能から捉えた親子関係の発達的変化(竹尾 和子・高橋 登・山本登志哉・サトウタツヤ・片 成男・呉 宣児)

本研究では子どもにおけるお金のやりとりに着目し,お金に媒介されて生じる親子関係の発達的変化を捉えることを試みた。大阪の小学生134名,中学生225名,高校生173名を対象に,お金のもらい方・使い方,それをめぐる価値規範や親子関係・友だち関係について質問紙調査を実施した。分析の結果,子どもの経済力の増加,市場経済への参入による購買活動の拡大とお金の自力での獲得,親の権威のもとでのお金のやりとりから友だち関係に重きを置いたお金のやりとりへの移行,親から与えられた価値規範からの自立など,子どもの親からの自立過程や社会的自我の発達過程が明らかにされた。これにより,お金は商品交換を媒介するだけでなく,文化的道具として規範的に親子関係や友だち関係を媒介し,その媒介構造の発達的変化から,子どもの発達や自立過程が生じることを分析することが可能であることが示された。
【キー・ワード】お金,お小遣い,親子関係,友だち関係,文化的道具

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内省能力と二次的信念の理解との発達的関連: 再帰的な思考の役割から(鹿子木康弘・森口 佑介・板倉 昭二)

近年,学際的な領域で自身の心的な活動に気づくことができる能力(内省能力)が注目を集めるようになっている中,発達心理学においても子どもの内省能力の発達を検証した研究がなされている。しかしながら,先行研究においてはどのような要因が内省能力の発達と関連するかが検証されていない。そこで,本研究は,他者の視点から自身の心的な状態を捉える再帰的な認知能力,つまり二次的信念の理解が内省能力の発達に関連するという仮説を検証した。実験においては,7歳から9歳の52人の子どもに2つの内省課題と二次的誤信念課題が与えられた。その結果,各内省課題において,二次的誤信念課題の正答群は,誤答群より内省能力が有意に高かった。これらの結果は,二次的な心的表象の理解が内省能力の発達に関連するという仮説を支持するものであった。われわれは,これら2つの能力の関連のメカニズムを,再帰的な思考の社会認知的な役割に焦点を当てて論じる。
【キー・ワード】内省能力,二次的誤信念課題,再帰的思考,心の理論

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青年期における自己愛傾向と心理的健康: メタ分析による知見の統合(岡田  涼)

これまで,青年期における自己愛傾向と心理的健康および自尊心との関連については,多くの議論がなされてきた。本研究では,自己愛傾向と心理的健康および自尊心との関連について,メタ分析による大規模なサンプルに基づいて検討した。自己愛傾向の指標については,Narcissistic Personality Inventoryに焦点をあてた。心理的健康の指標としては,抑うつ,不安,神経症傾向,孤独感,主観的幸福感(生活満足感,ポジティブ感情/ネガティブ感情)を取り上げた。データベース検索,文献検索,マニュアル検索を通じて,心理的健康については29論文から35の研究,自尊心については48論文から74の研究を収集した。収集された研究に基づいて,母相関係数を推定したところ,自己愛傾向と心理的健康との関連は.2程度であり,心理的健康と自尊心との関連は.3程度であった。この結果は,自己愛傾向と心理的健康および自尊心との関連が比較的弱いものであることを示している。本研究の知見から,自己愛傾向の下位側面と心理的健康との関連を検討する必要性が示唆された。
【キー・ワード】自己愛傾向,心理的健康,自尊心,青年期,メタ分析

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物語文読解の授業談話における「聴き合い」の検討: 児童の発言と直後再生記述の分析から(一柳 智紀)

本研究では,物語文の読解授業においてテキスト理解を話し合う過程で,児童がテキストに書かれた言葉に着目しながら,どのように互いの発言を「聴き合い」,教師はそれをどう支援しているか明らかにすることを目的とした。小学校5年生2学級の国語授業を対象に,授業観察と直後再生課題を行い,授業中の発言および再生記述を,テキストや他児童の発言との関連から検討した。その結果,(1) 話し合いでの児童による言及の多さや,発言回数に対する再生比率の高さから,テキストを引用した発言や他児童の発言に言及している発言が,テキスト理解の「聴き合い」を促進していること,(2) 教師は,話し合いの中で音読やテキストに「戻す」問いかけを繰り返し行うことで,児童をテキストとの対話へと促していること,(3) テキストとの関連が不明確な児童の疑問を教師がリヴォイスすることで,読解の視点を多様にし,「聴き合い」を促進していることが明らかとなった。また,テキストを引用した発言や,他児童の発言に言及している発言は学級間で頻度が異なることから,話し合いのグラウンド・ルールの共有度が,談話のスタイルおよび「聴き合い」に影響していることが示唆された。
【キー・ワード】物語文読解,聴き合い,テキストとの対話,リヴォイシング,グラウンド・ルール

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