発達心理学研究第30巻(2019年)


30巻1号


◆武田 俊信・小正 浩徳・郷式  徹:講義内での大学生へのオーガナイゼーション・スキル向上プログラムの効果研究

オーガナイゼーションは物(整理整頓)と時間(時間管理)という2つの要素に大別される。大学時代は大いなる可能性を秘めた時期である一方,高校時代からの様々な変化により脆弱性をかかえた時期でもある。特にADHD傾向をもつ大学生にとってはオーガナイゼーションの困難さが躓きの石となる可能性が高い。本研究では日本の現状に鑑みて,講義内で施行可能な10から15分間,8回シリーズからなるオーガナイゼーション・スキル向上プログラムを作成し導入教育科目において新入生に対して実施し,クロスオーバー・デザインで効果を検証した。参加した大学生77名(男性26名)中,前期および後期介入クラスはそれぞれ33,44名で,うちADHD傾向高群は19名であった。結果,自己記入式オーガナイゼーション尺度の総得点および3つの下位尺度のうち整理整頓困難および時間管理困難で全般に一部留保つきではあるが有意な改善がみられた。またADHD傾向を有していると短時間のプログラムへの反応性が乏しいという仮説は否定された。有意な改善がみられなかった領域があり,またプログラムの効果の質的な分析ができていない,成績やウェルビーイングへの影響が不詳である,など今後の課題は山積しているが,今後も本邦の現状に合わせて大学生のオーガナイゼーション・スキルを支援するプログラムの開発・改良が模索されるべきである。

【キーワード】整理整頓,時間管理,ADHD,介入研究,大学生

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◆佐々木美恵:地震・放射線災害下保育における幼稚園教諭の精神的健康:レジリエンス要因として保育者効力感に着目した検討

東日本大震災および福島第一原子力発電所事故は,幼い子どもを預かり,育ちを支える保育現場に多大なる影響を及ぼした。本研究の目的は,地震災害,放射線災害下の保育実践上の負荷に対するレジリエンス要因として保育者効力感に着目し,精神的健康との関連について明らかにすることである。調査は,発災後1年の時点において,福島県A市下の私立幼稚園全20園の幼稚園教諭を対象として自記式質問紙調査を実施し,76名から回答を得た。その内,回答不備があった者を除く73名を分析対象者とした。調査内容には,保育者効力感,地震・放射線災害保育負荷,精神的健康が含まれた。分析の結果,管理職は保育経験が短い群に比べて,放射線問題をめぐる同僚との認識相違による負荷をより強く感じていたことが示された。保育経験が長い群,短い群の2群による多母集団同時分析では,保育経験に関わらず,保育者効力感が地震災害,放射線災害下での保育負荷を抑制することを介して,あるいは直接的に抑うつの抑制要因となることが示された。本研究の結果から,今後の災害発生への備え,あるいは災害時の保育者支援として,管理職を支援する園を超えたピアサポート・ネットワーク,および各園での研修,初任期保育者の研修等で活用できる災害時保育を含めた研修プログラム開発の有用性が考えられた。

【キーワード】東日本大震災,福島第一原子力発電所事故,幼稚園教諭,保育者効力感,精神的健康

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◆中島 美鈴・稲田 尚子・谷川 芳江・山下 雅子・前田 エミ・高口 恵美・矢野 宏之・猪狩 圭介・久我 弘典・織部 直弥・要   斉・原田 剛志・上野 雄文・皿田 洋子・黒木 俊秀:成人注意欠如・多動症の時間管理に焦点を当てた集団認知行動療法の効果の予備的検討

本研究の目的は,成人注意欠如・多動症(attention-deficit/hyperactivity disorder ; ADHD)患者に対する時間管理スキル習得のための集団認知行動療法の予備的効果検討を行うことである。対象は,20歳以上65歳未満のADHD患者8名(平均年齢:39.80歳,女性:男性=7:1)であった。介入プログラムは,ADHD患者の時間管理で困難を抱える6つの生活場面から構成されており,1回90分間計8回行った。参加者とその家族に対して,プログラム開始前(T1),終了後(T2),終了2ヶ月後(T3)の3時点で,質問紙への回答を求めた。本人評価では,CAARSの不注意/記憶症状,衝動性/情緒不安定,DSM-IV不注意症状,DSM-IV総合ADHD症状において,T1からT2時点およびT3時点で有意な改善が見られ,T3時点には臨床域以下に達していた。家族評価では,不注意/記憶症状においてのみ,T1-T3間で有意な差が見られた。介入プログラムの自覚的・他覚的な効果が示され,治療効果を認識する時期および症状について本人と家族間に差異のあることが示唆された。

【キーワード】集団認知行動療法,注意欠如・多動症,実行機能障害,時間管理,成人

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◆白井 利明:中途障害のある青年はどう自己連続性を構築するか:語りの前方視的再構成法による分析

脊髄損傷による中途肢体障害で7年間が過ぎ,自力で移動可能な一青年(男性,24歳)のライフ・ストーリー(急性期とリハビリテーション期の語り)が前方視的再構成法を使って分析された。その結果,第1に,青年は受障後の悩み苦しんだ経験を「よくあること」と社会的に標準化していた。第2に,病院の生活で疲れて何も考えていなかったのに,それを結末から振り返って「悩まなくてよかった」と意味づけた上で,「悩まない性格」という自己の変わらない特性に帰属し,一般化していた。第3に,悩み苦しんだ救急病院の時期を過去形で括り,リハビリテーション病院での機能回復の時期を今に至る現在形で括るというように時間の分節化を行っていた。これにより自分が同じであることと変化することの総合による自己連続性の構築がもたらされ,過去の否定的経験を無理に肯定化せずに保存することが可能になることが見出された。時間の分節化が将来において自分の障害の意味を何度も問い直し,より深い意味づけへの到達をもたらすと解釈された。本研究は青年の一事例を分析したものであるため,知見の一般化にはさらなる検討が求められる。

【キーワード】アイデンティティ,自己連続性,障害受容,語り,青年期

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◆岩田 美保:幼児期の親密な仲間間の「おもしろい」・「楽しい」の感情言及機能:その関係構築に果たす役割に着目した発達的検討

本研究は幼児期の親密な仲間関係における「おもしろい」・「楽しい」に関わる感情言及の機能について,その関係構築に果たす役割に着目し,発達的検討を行った。2コホートの3〜5歳クラス期の3年間の仲間間の遊びのやりとりから,同言及の機能と原因を調べ,そのうち4,5歳クラス期は各コホートの特定の仲良しグループに焦点をあて,同言及の機能及びそれが関係構築に果たす役割について質的な観点もふまえ検討した。その結果,同言及の機能はコホート間に共通し,1期(3歳12〜3月)では興味や関心の共有を目の前の仲間に求める機能,2期(4歳4〜7月)ではそれを第三者に求める機能,3期(4歳10〜3月)には自他のそれらの一致度をメタ的に捉える機能,4期(5歳4〜6月)では過去の感情経験の共有に関わる機能,5期(5歳11〜3月)ではそうした過去の感情経験の共有及び未来や期待の実現化に関わる機能がみられた。それらの言及機能は彼らの関係構築において,興味や関心を共有しうる関係の確認(1期)や拡張(2期),自他の関係調整(3期),経験の再構築(4期),時間的拡張性をもった関係構築(5期)等,時期を通じて有意義な役割を果たしていることが窺われた。他方で,同言及の機能には関係性に応じた固有性もみられた。総じて,これらの結果は幼児期の親密な仲間間の同感情言及の対人機能の発達プロセスを示唆するものとして重要といえる。

【キーワード】社会的発達,感情コンピテンス,感情言及,言及の機能,親密な仲間関係

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30巻2号


◆廣澤 愛子・武澤 友広・織田安沙美・鈴木 静香・小越 咲子:自閉スペクトラム症の児童と支援者の相互作用プロセス:社会性の育成を目的とした療育場面への参与観察分析から

本研究では,9歳から11歳の知的障害のない自閉スペクトラム症の児童6名,支援者6名,参与観察者3名による療育活動の参与観察分析を通して,児童の社会性の発達と,それに伴う支援者の係わりを明らかにした。児童と支援者の相互作用を量的・質的に分析した結果,どの児童に対しても支援者は,活動前半には,共感的に児童の言動に耳を傾けたり,逆に自分の意見を伝えたりしながら関係作りを行い,さらに,児童同士が係われるよう仲介していた。そして活動後半には,誤りを指摘したり,児童の思いを明確化するなどして各児童の発達課題にアプローチし,さらに,児童ら自身で協働活動が行えるよう支援していた。
一方,児童の社会性については,全児童において,活動終盤には自他境界を意識した言動もしくは他児との協働活動の増加が見られ,社会性に係わる言動の増加が見られた。但し,そのプロセスについては,「自己中心から他者理解へ」「集団の辺縁から集団の中心へ」「孤立から他者との関係性の芽生えへ」の3つに類型化され,個別性が見られた。今後は,このような社会性の発達と密接に係わる自他理解の発達過程が,自閉スペクトラム症の子どもと定型発達の子どもとの間でどのように異なるのかを明らかにすることが課題である。

【キーワード】自閉スペクトラム症,社会性,自他理解,療育場面への参与観察

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◆千島 雄太・茂呂 輝夫:小中連携による集団宿泊活動が中学校生活への期待と不安に及ぼす効果:不登校傾向に着目して

本研究の目的は,小学6年生を対象とした小中連携による集団宿泊活動が,中学校生活への期待と不安に及ぼす効果について明らかにすることであった。集団宿泊活動では,同じ中学校に入学予定であり,現在は異なる小学校に通う6年生がコミュニケーションワーク等で交流を行うとともに,中学校教師による出前授業を受けた。予備調査では,中学校生活への期待と不安を測定するための尺度を作成するため,小学6年生180名を対象に質問紙調査が行われた。因子分析の結果,学業と友人関係の領域で,それぞれ期待と不安を測定する4因子モデルが採用された。また,信頼性と妥当性についても検証が行われ,十分な結果が得られた。本調査では,予備調査で作成された尺度を用いて,小学6年生155名を対象に,集団宿泊活動の効果測定が行われた。調査時期は,集団宿泊活動1週間前のpre,直後のpost,約3ヵ月後のfollow-upの3回であった。分析の結果,小学校における別室登校を希望する不登校傾向が高い児童において,集団宿泊活動の後に中学校での友人関係への期待が高まっており,その効果は,3ヵ月後のfollow-upでも持続していた。

【キーワード】児童,学校移行,集団宿泊活動,期待,不安

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◆直原 康光・安藤 智子:別居・離婚後の子どもが体験する父母葛藤や父母協力の探索的検討

本研究の目的は,父母の別居・離婚後に子どもが体験した父母葛藤と父母協力の実態を明らかにすることであった。5歳から15歳までに父母が別居又は離婚した10代後半から40代前半までの男女14名に半構造化面接を行い,語りの内容を分類した結果,別居・離婚後の父母葛藤には,「他方親否定」,「板ばさみ」,「父母間の葛藤」が含まれ,父母協力には,「経済的支援の面での協力」,「別居親との交流のサポート」,「最低限の父母の信頼関係」が含まれていた。父母葛藤及び父母協力に加え,別居親との交流等をカテゴリー変数に変換し,コレスポンデンス分析等で類型化したところ,「父母協力・交流安定群」,「板ばさみ・交流不安定群」,「他方親否定・交流なし群」の3つに分類された。「父母協力・交流安定群」では,離婚を乗り切る上で友人等が支えになったことや,父母が離婚してほしくなかったと感じつつ,離婚は仕方がなかったと両価的な思いを語った者が多かった。「板ばさみ・交流不安定群」では,父母間の葛藤が高く家庭外の大人を頼りにして乗り切った者が多く,「他方親否定・交流なし群」では,直接の父母間の葛藤には晒されていないものの,別居親を否定される体験を積み重ね,周囲の大人や友人を支えに感じていた者が少なかった。後の2群では,多くの者が自分自身に否定的な影響があったと感じていた一方で,父母の離婚については肯定的に捉えている者が多かった。

【キーワード】離婚,子ども,父母葛藤,離婚後の父母協力,面会交流

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◆楠見 友輔:お金の支払い学習における中度知的障害生徒の学習過程と教師のフィードバック:社会文化的アプローチから

本研究の目的は,社会文化的アプローチの観点から中度知的障害生徒の学習過程と,学習を促す教師のフィードバックの特徴を明らかにすることである。1名の中度知的障害生徒を対象とし,知的障害特別支援学校における7日間の数学の授業をビデオカメラで記録し,示された商品の「ちょっと上」の硬貨でお金の支払いをする課題における教師と生徒の相互行為を分析した。結果として,対象生徒は授業開始時には失敗を避けるために教師の表情をうかがったり友達の答えを模倣したりする行為を多く行っていたが,教師による生徒の学習意欲を維持しながら自分で考えることを促すフィードバックが,それらの行為を自分で考えて課題を解決する行為に変える機能を有していたことが明らかになった。対象生徒の学習については以下の2つの特徴が明らかになった。第一に,授業の開始から対象生徒が自分で考えて課題に取り組むようになるまでと,考えた行為が正答に結びつくまでに2つのタイムラグがみられた。第二に,学習の成果は環境的・心理的な要因とメタ認知機能の制約によって完全な理解としては現れなかったが,対象生徒が考えて課題に取り組むという正答可能性の向上として現れた。これらの結果は,知的障害生徒の主体性に基づく学習においては,生徒の学習を長期的な視点から支援し,正答率にではなく正答可能性の向上に着目して評価するという学習過程に注目する視点が重要であることを示唆している。

【キーワード】中度知的障害,社会文化的アプローチ,フィードバック,主体性,数学

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30巻3号


◆村井 史香・岡本 祐子・太田 正義・加藤 弘通:青年期における“自認するキャラ”を介した友人関係と承認欲求・評価懸念との関連

本研究の目的は,自認するキャラを対象とし,キャラ行動をすることによって,キャラを受容していくという過程が成立するかどうかを検討すること,さらにキャラ行動およびキャラの受け止め方と承認欲求,評価懸念との関連を明らかにすることであった。質問紙調査によって,中学生434名と大学生219名のデータを得て分析を行った結果,以下の3点が示された。第1に大学生は中学生よりも自認するキャラを有する者が多く,学校段階に関わらず,賞賛獲得欲求はキャラのある者の方が高かった。第2に,因子分析の結果,自認するキャラの受け止め方は“積極的受容”,“拒否”,“無関心”の3つが得られ,キャラ行動をすることでキャラを受容する過程が成立することが明らかとなった。第3に,賞賛獲得欲求だけがキャラ行動と正の関連を示し,賞賛獲得欲求に基づくキャラ行動が,キャラの積極的受容を促進することが示された。一方,評価懸念はキャラの積極的受容には負の関連を示し,キャラへの拒否には正の関連を示した。この過程は学校段階に関わらず,成り立つことが示された。賞賛獲得欲求に基づくキャラ行動は,“見られたい自分”を主体的に演出する行為であり,以上の結果はキャラが持つ肯定的な側面にも目を向けるべきであることを示唆するものであると考えられる。

【キーワード】友人関係,“キャラ”,承認欲求,評価懸念

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◆折笠 国康・庄司 一子:中学生の本来感と優越感および学校適応感との関連の検討:本来感と随伴性自尊感情の組み合わせの視点から

本研究は,中学生の自尊感情を本来感と随伴性自尊感情との組み合わせでとらえ,この2要因の組み合わせによって適応に関連する変数への影響が異なることを示すことを目的とした。具体的には自尊感情を本来感と優越感の高低の組み合わせで4類型に分類し,同程度の自尊感情であっても本来感と優越感の程度によりいい子傾向,社会的スキル,学校適応感の程度には差が見られ,さらに類型と学年によっても違いが生じるであろうという仮説を立てた。対象は中学1年生から3年生までの676名であった。その結果,仮説は部分的に支持され,本来感と優越感の組み合わせによる4群の出現率では学年による差は確認されなかった。一方,学校適応感に対しては優越感より本来感が有意な影響を及ぼしていた。さらに,自尊感情のうち,本来感と優越感のどちらも高い群が社会的スキルが高く,学校適応感も4群の中で最も高いことが確認され,中学生の自尊感情を考慮する際には,両者の組み合わせでとらえることの重要性が示唆された。

【キーワード】中学生,本来感,優越感,自尊感情,学校適応感

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◆大谷多加志・清水 里美・郷間 英世・大久保純一郎・清水 寛之:幼児におけるじゃんけんの勝敗判断に関する発達段階の評価

じゃんけんは日常生活の中で,偶発的な結果に基づいて何らかの決定や選択を得るための一つの手段として広く用いられている。本研究は,子どもがどのような発達過程を経て,じゃんけん課題の遂行の基礎にある認知機能を獲得していくかを「三すくみ構造」の理解に関連づけて検討することを目的とした。対象者は,生後12ヵ月(1歳0ヵ月)超から84ヵ月(7歳0ヵ月)未満の幼児と児童569名であった。本研究におけるじゃんけん課題は,じゃんけんの「三すくみ構造」をもとに「手の形の理解課題」,「勝ち判断課題」,「負け判断課題」の3種類の下位課題から構成された。また,じゃんけん課題の成否と子どもの発達水準との関連を調べるために,対象者全員に『新版K式発達検査2001』が併せて実施された。本研究の結果,「手の形の理解課題」は2歳7ヵ月頃,「勝ち判断課題」は4歳9ヵ月頃,「負け判断課題」は5歳4ヵ月頃に平均的に達成されていくことが明らかとなった。また,「手の形の理解課題」,「勝ち判断課題」,「負け判断課題」の3種類のじゃんけん課題の成否および反応内容から評価したじゃんけんに関する知識や技能の獲得の段階(5段階)と『新版K式発達検査2001』の発達年齢との間で統計的に有意な相関が認められた。よって,本研究のじゃんけん課題は子どものじゃんけんの理解の段階を評価し,幼児の発達水準を査定するために有用であると考えられる。

【キーワード】じゃんけん課題,発達段階,三すくみ構造,幼児

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◆小椋たみ子・増田 珠巳・浜辺 直子・平井 純子・宮田Susanne:日本人母親の対乳児発話の語彙特徴と子どもの言語発達

本研究は9,12,14,18,21,24ヶ月児の158名の母親の5分間の発話を分析し,対乳児発話の語彙面にあらわれた特徴を明らかにした。また,このうち127名の子どもの言語発達の追跡調査を33ヶ月時点で行い,対乳児発話がその後の子どもの言語発達へいかなる効果を及ぼすかを明らかにした。対乳児発話の種類を育児語(名詞系,動作名詞系,形容詞系,コミュニケーター系),オノマトペ,接尾辞の付加,音韻転化の4種類に分類し,タイプとトークンの発話単位頻度を算出した。観察時点ではオノマトペだけが年齢間で有意な差があった。各対乳児発話の語彙の内容を詳しくみると,オノマトペは反復,および特殊拍がついたオノマトペ標識の頻度が高かった。育児語は動作名詞系が有意に高かった。音韻転化は語の一部が拗音で発音されていた。対乳児発話のその後の子どもの言語発達への効果は,14ヶ月時点の母親の育児語が追跡33ヶ月の子どもの成人語表出語数を予測していた。育児語は,子どもが語と対象の間の恣意的な結びつきのルールを学習する足場づくりの役割をもっていることを育児語の類像性の観点から考察した。

【キーワード】対乳児発話,オノマトペ,育児語,語彙発達

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30巻4号


◆土田 宣明・坂田 陽子:実行機能の形成と衰退:抑制に注目して

実行機能は,高次の精神機能の一つであり,その形成には長い時間を要し,逆に老化の影響を受けやすいと考えられている。人の一生という時間軸で考えるならば,実行機能は形成されにくく,逆に衰退しやすい機能の一つといえる。また,実行機能は,発達上の様々な障害からの影響も,受けやすいと考えられている。本稿では,この実行機能の形成と衰退の問題を,「反応を抑えること」を中心に検討した。まず,実行機能の特徴について,予測性,可鍛性,関連性という側面から検討した。そして,実行機能の中で,最も基礎の因子と考えられている抑制機能を,他の機能との関連で位置づけ,抑制のタイプを分類した。次に,定型発達と非定型発達でみられる,抑制機能の諸問題を概説した。さらに抑制機能の発達に関わる複数の要因を推測し,その要因との関連で先行研究を紹介した。その要因とは,社会的要因,言語の要因,経験の要因である。それぞれの要因は,抑制機能の形成にとって重要であることを説明した。最後に,抑制機能の発達に関わる,今後の研究課題を考察した。
【キーワード】実行機能,抑制,抑制機能,発達,老化

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◆湯澤 正通:ワーキングメモリの発達と児童生徒の学習:読み書き・算数障害への支援

ワーキングメモリの中心的な働きは,目標やプランを課題遂行中に記憶しておくことである。学習は,人間の目標指向的な活動であり,ワーキングメモリが支えている。ワーキングメモリは,音声情報または視空間情報を記憶しながら処理する課題によって測定され,その容量は,幼児期から青年期にかけて直線的に増加する。ところが,発達障害を抱える児童生徒は,何らかの原因でしばしばワーキングメモリの発達に問題を抱えている。ワーキングメモリは,国語や算数の学習を支えているため,ワーキングメモリの発達に問題を抱えていると,国語や算数の学習にも遅れが生じる。ワーキングメモリの能力が直接的なトレーニングによって改善するかどうかはいまだ結論がでていない。そのため,現状においては,発達障害児のワーキングメモリをアセスメントし,その児童生徒のワーキングメモリプロフィールとともに,国語や算数などの学習において抱えている問題,子どもの特性などを総合的に考えることで,その子どもの問題の原因を推測し,それに応じた支援を行うことが大切である。
【キーワード】ワーキングメモリ,発達,発達障害,学習,児童生徒

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◆森口 佑介:実行機能の発達の脳内機構

本論文では,実行機能の発達の脳内機構に関する最新の研究をレビューする。実行機能は,思考,行動,感情を制御する能力である。近年,実行機能のホットな側面とクールな側面に関する理論的枠組みが提案されている。この枠組みによると,ホットな実行機能は情動的な状況で惹起されるプロセスであり,満足の遅延などを含む。一方,クールな実行機能は情動的に中立な状況で必要とされるものであり,認知的切り替えなどを含む。本論文では,まず,両側面に関する行動的発達について概観する。クールな側面は幼児期から青年期にかけて基本的に順調に発達するのに対して,ホットな実行機能は青年期において一時低下する。次に,ホットな側面とクールな側面の脳内機構に関する成人の研究を紹介する。具体的には,ホットな実行機能には外側前頭前野や報酬系回路がかかわり,クールな実行機能には外側前頭前野と後部頭頂葉がかかわる。最後に,子どもと青年を対象にした実行機能の発達の脳内機構とその障害に関する研究を紹介する。
【キーワード】実行機能,発達,前頭前野,幼児期,青年期

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◆柳岡 開地:乳幼児期における実行機能とルーティンの獲得の相補性―抑制と切り替えに着目して―

子どもたちがある目標に向けて行動する場面を振り返ると,そうした行動を何度も繰り返していることに気づくだろう。例えば,幼稚園での朝の用意を覚え始める際には,部屋ですぐに遊び出さずにカバンを片付け,スモックに着替えるなど思考や行動の制御を担う実行機能が必要となるが,こうした行動は幼稚園では毎日繰り返されルーティン化されてゆく。ただし,カバンを片付けた後に体操服に着替えるなど,獲得されたルーティンから逸脱する場面では,再び実行機能が必要となる。このように,実行機能とルーティンの獲得は相互に関係しあいながら,子どもたちの目標志向的行動を形づくってゆく。そこで,本稿では乳幼児が目標に向かって行動を遂行する心理プロセスを,実行機能とルーティンの獲得の関係性から捉え直すことを目的とした。具体的に,幼児期において,成人のルーティン遂行・獲得をモデル化した目標循環モデルをもとに研究知見をレビューした。その結果,実行機能とルーティン獲得の間には相補的な関係があり,その相補性によりルーティンを支える目標の階層をあげてゆく目標志向的行動の発達モデルを提案した。また,こうした発達モデルが乳児期には当てはまらず,実行機能とルーティン獲得の間に幼児期とは異なる関係があることを考察した。最後に,両者の関係性を検討することが実行機能研究そしてワーキングメモリトレーニング研究にもたらす理論的意義について論じた。
【キーワード】実行機能,ルーティン,相補性,乳幼児

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◆池田 吉史:児童期における抑制の定型発達と非定型発達

我々の知的行為は,課題関連情報の活性化と課題無関連情報の抑制の両面によって支えられている。しかしながら,抑制は,知的行為を支える知性に関する研究において十分に検討されてきたとは言えない。近年,実行機能研究の隆盛とともに,抑制の役割が改めて脚光を集めている。抑制は,単一の要素から構成されるのではなく,情報処理の入力段階の抑制,処理段階の抑制,出力段階の抑制などに分類されることが示唆されている。定型発達の研究では,抑制は児童期においても著しく発達することが示唆されている。さらに非定型発達の研究では,注意欠如多動症や自閉スペクトラム症,限局性学習症,知的能力障害などの神経発達症の子どもにおいて多かれ少なかれ抑制の弱さがあることが示唆されている。神経発達症の子どもの抑制の弱さと学習面や生活面の困難との関連を鑑みると,抑制は神経発達症の子どもの知的行為を支える要因の一つであると推察される。神経発達症の子どもの発達支援の充実に向けて,抑制の定型発達と非定型発達に関するさらなる研究が期待されている。
【キーワード】認知的制御,実行機能,ワーキングメモリ,神経発達症,特別支援教育

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◆佐伯恵里奈:青年期・成人期の認知的柔軟性を支える実行機能

複数の課題がある状況で効率よく課題を遂行するためには,状況に応じて課題を柔軟に切り替えていく必要がある。このような柔軟な課題の切り替えを支える実行機能がシフティングと呼ばれる実行機能である。青年・成人期の認知的柔軟性の測定には,これまでウィスコンシン式カード分類課題が広く用いられてきたが,近年,タスクスイッチングと呼ばれる課題の素早い変更を求める実験手法もよく用いられている。本稿ではこのタスクスイッチングを用いた研究に焦点をあて,まず,基本的なタスクスイッチングの実験手法および,タスクスイッチングに関与する認知処理過程について概説する。続いて,これらの知見をもとに青年期において認知的柔軟性のどの側面が発達すると考えられるかを議論する。最後に,自閉スペクトラム症と注意欠如・多動症で示される認知的問題について,タスクスイッチングを用いて検討した研究を概説し,そこで指摘されている問題について考察する。これらの検討から,認知的柔軟性およびそれを支えるシフティング機能の発達の検討のために,タスクスイッチングを用いることは有効である一方,より詳細な認知過程には厳密に実験要因を設定することが重要であることを指摘する。
【キーワード】認知的柔軟性,実行機能,タスクスイッチング,シフティング,抑制

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◆蔵冨  恵:刺激反応適合性パラダイムにおける加齢効果:成人期から高齢期

本稿は,抑制機能に関して,認知課題によって測定される加齢効果について紹介するとともに,課題成績とは異なる新たな測定方法の可能性を示す。一般的に,認知課題における抑制機能の測定には,フランカー課題,ストループ課題,サイモン課題に代表される刺激適合性パラダイムが用いられる。このパラダイムにおいて,抑制は,競合が生じる条件とそれが生じない条件の遂行成績の差である適合性効果に反映される。それゆえ,適合性効果の増加は抑制機能の低下を反映する。これまでの研究では,加齢による実行機能の低下に伴って,抑制機能も低下することが示唆されている。しかし,若齢者と高齢者の認知課題成績を比較した研究では,一貫した結果は得られておらず,課題によっても異なる結果が示されている。そこで,本稿では最初に,刺激反応適合性パラダイムについて,各課題における適合性効果の生起メカニズムについて解説し,それぞれの課題がどのような抑制機能を反映しているのかを概観する。次に,各課題における加齢効果の研究を紹介する。最後に,反応時間や誤答率といった課題遂行成績ではない,新たな抑制機能の測定方法を通した加齢効果の検討方法を提案する。
【キーワード】抑制,刺激反応適合性パラダイム,加齢

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◆湯澤 正通・蔵永  瞳・齊藤  智・水口 啓吾・渡辺 大介・森田 愛子:児童・生徒用集団式ワーキングメモリアセスメントテストの作成

ワーキングメモリ(WM)は,国語(読み書き),算数(数学)などの学習を支えており,発達障害や学習遅滞の児童生徒の多くがWMに問題を抱えている。WMテストを児童に集団で実施し,WMに問題を抱える児童生徒を早期に見いだし,介入を行うことが重要である。そこで,本研究では,児童生徒がコンピュータで自律的に,集団で実施出来るWMテストを作成した。本研究で作成したWMテストは,言語的短期記憶,言語性WM,視空間的短期記憶,視空間性WMの各2課題,合計8課題から成る。8課題の成績は,WMテストとして市販されているAWMA(Alloway, 2007)やWM行動尺度(Alloway, Gathercole, & Kirkwood, 2008)の評定値と高い相関を示した。作成したWMテストを児童生徒に実施し,データ構造を分析した結果,Central因子を仮定するモデルは適合せず,Verbal因子とVisual因子のから成るWMモデルが示唆された。本研究で作成したWMテストは,中央実行系の働きを強く反映していることが示唆された。
【キーワード】ワーキングメモリ,アセスメント,テスト,児童生徒,発達

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◆湯澤 美紀・湯澤 正通・蔵永  瞳:児童生徒におけるワーキングメモリと学習困難:ウェブにおけるアセスメントの試み

ワーキングメモリは,学習と密接に関わり,発達障害を抱える児童生徒の多くがワーキングメモリに問題を抱えていることを従来の研究は示してきた。本研究では,日本人児童生徒用に作成したワーキングメモリテストをウェブ上に公開し,学習に困難を抱える児童生徒の担当教師・支援者に利用してもらった。その中で収集した372名のデータから,日本の児童生徒における学習の困難の特徴とワーキングメモリの4つの側面(言語的短期記憶,言語性ワーキングメモリ,視空間的短期記憶,視空間性ワーキングメモリ)との関連性を分析した。その結果,ワーキングメモリの各側面の課題成績の低さが学習上の各困難さと関連していることが示唆された。一方,LD以外の発達障害の診断を受けている児童生徒は,全体的な傾向として必ずしもワーキングメモリの課題成績は低くなかった。児童生徒の抱える学習上の問題や遅れは,ワーキングメモリの特定の側面に起因することもあれば,自閉スペクトラム症や注意欠如多動性症などの発達特性などに起因することもあることが示唆された。
【キーワード】ワーキングメモリ,学習,児童,生徒,発達障害

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◆小澤 郁美・湯澤 正通・福屋いずみ・小田 真実・福丸奈津子・梶木 育子・小池  薫:小学校入学時のワーキングメモリが予測する児童の読み書き困難

国語の読み書きは多くの学習の基盤となるスキルであり,そのスキルの習得と関連しているのがワーキングメモリである。研究1では,低学年の児童に対して集団でかつ短時間に実施できるワーキングメモリアセスメントテストを作成し,その妥当性を検討した。テストは非単語比較課題と図形配列比較課題から構成され,それぞれが言語性ワーキングメモリと視空間性ワーキングメモリを測定していると仮定された。テストを小学校入学直後の1年生に実施した結果,テストの合計点が10%以下の児童は,それ以外の児童に比べて,ワーキングメモリ行動評定尺度(「課題を途中で投げ出す」など)の教師評定値が有意に高く,音韻認識課題の一部の成績が有意に低かった。よって,研究1で作成したアセスメントテストはワーキングメモリの個人差を反映していると考えられた。研究2では,研究1で作成したアセスメントテストを小学校入学直後の1年生に実施し,それらの得点が1年後,または2年後の平仮名の読み書きや漢字の読み書きの成績を予測するかを検討した。その結果,ワーキングメモリアセスメントテストの得点が1年後,2年後の特殊音を含む仮名文字の読み書きや漢字の読み書きの流暢性やスキルを予想することが示された。今後は本研究で作成したワーキングメモリアセスメントテストを小学校入学前後の幼児児童に実施することで,読み書きの遅れが生じやすい者を早期に見いだし,介入支援を行うことが期待される。
【キーワード】ワーキングメモリ,アセスメント,国語,読み書き,特別支援

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◆池田 彩夏・魚里 文彦・板倉 昭二:絵本の読み聞かせによる防犯教育の効果の検証

幼児の危険認知の発達をどのように促すべきかは,発達心理学における課題の1つである。幼児への効果的な教育方法として,多くの研究が絵本の読み聞かせを取り上げているものの,防犯教育への絵本の読み聞かせの効果に関しては,直接的な検討はされていない。そこで,本研究では,絵本の読み聞かせが幼児の危険認知の発達を促すかを検討した。さらに,絵本による教育効果と共感性の関連を併せて検討した。4〜6歳児を対象に,仮想場面において,未知人物から誘われた際に回避行動を取るか否かの選択,および,その行動理由を尋ねる課題を実施し,絵本の読み聞かせ前後での課題得点を比較した。分析の結果,適切な回避行動および行動理由の回答は読み聞かせ後に増加しており,特に年長児に対し行動理由を尋ねる課題において,読み聞かせの効果が顕著であった。また,共感性と読み聞かせの効果との関係を検討したところ,共感性が高い子ほど,読み聞かせによる危険認知課題の得点の上昇が大きい傾向があった。考察では,絵本の読み聞かせ効果の発達的変化および本研究成果の応用的側面について議論した。
【キーワード】防犯教育,幼児,絵本の読み聞かせ,共感性

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◆藤ア眞知代・杉本真理子・石井富美子:生涯的縦断研究における研究者と協力者との対話的関係性の構築:研究方法の一つの探索モデルとして

長期にわたる縦断研究は,研究者と協力者が繰り返し関わるため,両者にとって意味あるものとすることが課題である。そこで,本生涯的縦断研究では,子どもの自己決定を重視する子どもキャンプを,協力児の幼児期から青年期まで実施した。本研究では,協力児が30〜50歳代となった時点で,(1)研究者(19名)及び協力者(20名)にとっての子どもキャンプ体験の意味を検討し,(2)生涯的縦断研究の開始から現在までの研究者と協力者の関係性の変容を解明した上で,生涯的縦断研究の探索モデルを提案することを目的とした。自伝的手記や語りによる振り返りを質的に分析した結果,(1)研究者は子どもの自己決定・自己実現を支えるために自分自身のあり方を吟味したことが,(2)協力児は自分が受け入れられ自己実現できた体験を基盤に,研究者への信頼と仲間との太く強い絆を結んだことが,その後の生き方に影響を及ぼしていること等が明らかにされた。さらに,(3)研究者・協力者関係は5期に区分され,最終的に「対等な対話的関係」へと進展していた。その変化の要因は,研究者が子どもとの関わりを繰り返し吟味し,語り合い,共有するあり方であると考える。それゆえ,協力者が青年期には能動的参加者となり,さらに研究者と協力者が対等な対話的関係を構築していくアプローチは,研究協力者が心理的現実の共同構成者となる生涯的縦断研究の探索モデルの一つといえよう。
【キーワード】生涯的縦断研究,研究者・協力者関係,自己決定体験,対話的関係,語り

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◆平井 美佳・長谷川麻衣・高橋 惠子:「子どもの貧困」についての大学生の認識の深化―テレビ視聴の効果―

本研究は,大学生の「子どもの貧困」に関する理解や態度が,テレビ番組の視聴により深まるかについて検討した。大学生男女33名(18–23歳,M=18.52,SD=0.87)を4–6名からなる6グループに分け,日本の子どもの貧困の現状を伝えるテレビ番組の録画を週1度,連続3回視聴した後に,(1)映像の内容が正確に伝わったか,(2)貧困問題への理解が深まったか,(3)社会に対する意識や子どもの生活必需品についての合意数が増加したか,さらに,(4)6か月後にも効果は維持されたか,を検討した。その結果,(1)視聴後の個人の感想の記述と集団討議において映像の内容の約6割が取り挙げられ,知識がより正確になり,(2)個人の貧困についての理解レベルが向上し,(3)事前に比べ視聴後に社会意識が高まり,さらに,(4)半年後の追跡調査では,テレビ視聴の記憶が残っていることが確認され,知識や社会に対する意識の変化が維持され,新たにボランティア活動を始めるなどの行動の変化を報告する者がいた。しかし,(5)子どもの相対的剥奪の指標である生活必需品について合意項目数には変化が見られなかった。
【キーワード】子どもの貧困,テレビ視聴,生活必需品,社会認識,大学生

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◆三浦 優生・松井 智子・藤野  博・東條 吉邦・計野浩一郎・大井  学:自閉スペクトラム児におけるプロソディ表出面についての評価

音声を介したやりとりにおいて,声の高さ,速さ,大きさといったプロソディの要素は,意思伝達に不可欠な,様々な機能を果たしている。本研究では,社会的コミュニケーションの困難を特徴のひとつとする自閉スペクトラム症(ASD)の子どもが,日常場面においてプロソディを運用するにあたり,どのような面で特徴を見せるのか広く調査することを目的とした。方法として,学齢期のASDおよび定型発達の児童の親を対象に,子のプロソディ表出について問う質問紙を実施した。因子分析の結果,4つの因子が抽出され,最終的に23の質問項目が,声の自然さ,他者への配慮,声まね,発話態度の領域にまとめられた。分散分析の結果,全ての領域において群間の有意差が認められ,判別分析においては高い的中率を示した。また,児童の基本データとして取得した発達プロフィールのうち,特に自閉性やコミュニケーションに関する評定が,プロソディスキルとの相関が高いことが示された。日本国内において,ASD児に特異的な表出性プロソディの側面を,包括的にカバーした検査や支援ツールはまだ開発されていない。本尺度が,子どもの領域別の発達を評価し,より詳細な検査や支援へとつなげていくための,初期的アセスメントとしての機能を果たすことが期待される。
【キーワード】自閉スペクトラム,プロソディ,表出,音声,評価尺度

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