発達心理学研究第7巻(1996年)

7巻1号

絵本場面における母親と子どもの対話分析:フォーマットの獲得と個人差

(石崎理恵:七尾短期大学)

本研究は,絵本を媒介とした母親と子どもの対話を縦断的に分析することによって,@フォーマットはどのように形成されて,変化するのか,Aフォーマットの使用に第一子と第二子の個人差はあるのかについて調べることを目的とした。第一子は8カ月から3歳0カ月まで,第二子は1歳0カ月から3歳0カ月まで観察した。その結果次のことが明らかになった。@フォーマットの獲得は,形成期(母親が主導する),習得期(子どもが参加する),使用期(母親と子どもが役割交替をする)へと進むが,2歳台では文化差の存在が示唆された。
A第一子と第二子に対して使用されるフォーマットには違いがみられた。第一子との対話には質問反応型が多く,第二子との対話には情報提供型が多く使用された。その要因として,第一子と第二子に対する母親の子育て観の違い,第二子と母親の対話への第一子の同席状況,子どもの言語習得スタイルなどが考えられた。

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幼児の絵本読み場面における「語り」の発達と登場人物との関係:2歳から4歳までの縦断的事例研究

(古屋喜美代:神奈川大学外国語学部)

子どもは文字を読み始める前から,自分で絵本を開き,絵を見てその内容を言語で表現し始める。この初期の絵本読み場面について,1事例について2歳から4歳まで縦断的に約月1回資料を収集し,以下の点について検討を加えた。第1点は,「語り」についての子どもの認識の発達であり,第2点は,子どもがどのように登場人物とかかわっているかである。この2点から,絵を見て絵本を読む時期には次の4つの発達的段階が見いだされた。(1)絵本を「読む役割」に興味をもって,絵を見て物語の内容を表現し始める。他者に向けて言語化するという意識は弱い。
(2)セリフと母親に直接語りかけるような話し言葉的ナレーションで物語を表現し,始まりと終わりを宣言する必要を理解している。ここまでの段階では,子どもは物語の中に引き込まれた発話をすることがあり,物語世界の外にいる自分を登場人物と対立的に意識してとらえてはいないと考えられる。(3)子どもは絵本の登場人物に対する自分自身の思いを,感想や疑問として表現する。このことは,子どもが物語世界の外にいる「読者」としての自己の立場を認識していることを示唆する。(4)セリフと書き言葉的ナレーションで表現する。
子どもは作者の語り口をとる「語り手」としての自己を意識し,その語り口を保持する。

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初期シンボル化における身ぶり動作と音声言語との関係

(高井直美:芦屋大学教育学部・高井弘弥:樟蔭女子短期大学人間関係科)

本研究では,生後2年目の1人の子どもが,日常生活において身ぶり動作と音声言語を発達させる過程を,詳しく観察した。そして,初期シンボル形成における身ぶり動作の意義と,その消失の理由を明らかにしようと試みた。
その結果,1歳3カ月半ばを境にして,身ぶり動作の質的な変化が観察された。前期では,対象の名前を表す身ぶり動作が多く出現したが,後期では,対象の状態や動作を表す身ぶり動作のみが出現した。
また,これらの対象の状態や動作を表す身ぶり動作では,後期には,音声言語を伴って出現する傾向が見られた。
さらに,後期にはもとの状況から離れた状況でいくつかの身ぶり動作が使用されていることが観察されたが,その場合も音声言語を伴うようになっており,このことから,脱文脈化の過程と音声言語の出現との間に何らかの関係があることが示唆される。対象の状態や動作を表現するもののうちのいくつかでは,最初は身ぶり動作のみで表現していたものが,多語発話になることをきっかけに,身ぶり動作を伴わずに音声言語のみで表現するようになってきた。このことから,身ぶり動作が消えていくにつれて,音声言語での文構造が発達している様子が窺える。

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子どもの発達と母子関係・夫婦関係:幼児を持つ家族について

(数井みゆき:茨城大学・無籐隆・園田菜摘:お茶の水女子大学)

本研究の目的は,子どもの発達を家族システム的に検討することである。家族システムの3変数として,子どもの愛着,母親の認知する夫婦関係,母親の育児ストレスをとりあげている。対象者は,48組の母子で,子どもの平均年齢は3.4歳であった。子の愛着の安定性には,夫婦関係の調和性と親役割からのストレスとが関連していた。特にこの2つの変数の交互作用の要因が有意で,親役割からのストレスが高くかつ夫婦関係が調和的でないときに,その子の愛着がもっとも不安定に予測された。また,社会的サポートは親役割ストレスを低くする方向で関連していた。さらに,家族関係の機能度という視点より,柔軟性が適度に保たれている家族は,家族システム的にも良好であった。母親の心理的状態や子どもへの行動・態度は,夫との関係のありようと密接に関連しているという結果であり,子どもの心理的状態を研究する上で母親ばかりではなく父親(夫)との相互作用・関係を考慮にいれなければならないことを示唆した。

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タイプA行動パターンの発達に及ぼす両親の学歴志向および養育態度の影響

(大芦治:倉敷芸術科学大学・岡崎奈美子:白百合女子大学・山崎久美子:東京医科歯科大学)

本研究は,虚血性心疾患の危険因子として知られるタイプA行動パターンの発達モデルを検討しようというものである。検証したモデルは,両親の有名大学を志向する社会・文化的な価値観が子どもに対して学習,進学に関する過干渉,過保護を主とした養育態度を生起させ,それが,子どものタイプA行動パターンの発達を促進するというものである。被験者は,大学生(子ども)とその両親である。子ども側には,タイプA行動パターンに関する質問紙を,両親側には有名大学を志向する価値観の質問紙,養育態度に関する質問紙をそれぞれ実施した。結果はパス解析を用いて分析された。仮定されたモデルはほぼ支持されたが,子どもが男子の場合と女子の場合で若干差がみられた。すなわち,男子では母親からの影響が,女子では父親からの影響がそれぞれ大きかった。この性による違いを考察する中で,本研究で扱った進学や教育に関する要因以外に様々な社会・文化的な要因が介在することが予想され,今後に検討課題を残すこととなった。

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ビー玉獲得課題を用いた2人ゲーム遊び方略の発達

(栗山容子:国際基督教大学教養学部・荻原美文・足立実絵:国際基督教大学教育研究所)

他者との関わりが不可欠なビー玉獲得課題を用い,社会的相互交渉の活動を通して自己・他者・対象の三項関係が成立し,目標志向的な社会的行動へと統合される過程を,遊び方略の変化として検討した。
被験児は同性,同年齢の2人1組で,低年齢群(3:7−5:6),中年齢群(5:7−7:6),高年齢群(7:7−9:6)の各28組,計84組であり,10試行2セッションのゲーム過程はすべてVTRに記録され,所定のカテゴリにより分析した。ビー玉獲得数は低年齢群に多く,中年齢群では一旦減少し,高年齢群では第2セッションで増加する傾向がみられ,『順番』に関する行動が獲得数に関わっていること,『順番』に関する行動は,やり方やルールの提案により効果的となることが明らかにされた。相互交渉は,僅少,一方的なものが相互的になり,認知・行動画及び感情の表出においても発達的特徴が明らかにされた。これらの認知的,社会的,情緒的な総体としての社会的行動を特徴づける発達的概念として遊び方略を定義し,3つの発達水準を恭順獲得方略,個人獲得方略,相互的競争方略と互恵的獲得方略として,発達的特徴を明らかにした。

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幼稚園児のいざこざに関する自然観察的研究:おもちゃを取るための方略の分

(高坂聡:富山女子短期大学幼児教育学科)

おもちゃを巡るいざこざ場面で幼稚園の年少組に属する3歳児がどのように相手に対し働きかけているのかを自然場面で観察した。全部で65のエピソードが収集され,それらは特定の働きかけ(方略)が生起しているエピソードを1単位として,エピソードの生起頻度の点から分析された。その結果,子ども達は言語方略以外にもおもちゃを柏手から遠ざける,おもちゃをしっかり握って離さない,おもちゃを持って逃げるなどの行動方略を多く用いていることが明らかになった。また,おもちゃを所持している子ども(ホルダー)と使おうとする子ども(テイカー)とでは,ホルダーの方がおもちゃを所持する割合が高いこと,用いる行動方略がそれぞれで異なることから両者の非対称性が示唆された。さらに,おもちゃに「接触」するとテイカーがおもちゃを所持する割合は高くなっていることを示した。これらの結果から3歳児は用いる方略をおもちゃの特性やいざこざ時の立場に合わせていると考えられた。

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7巻2号

ダウン症児における対象物名の理解と産出の分離的発達

(綿巻徹・西村辨作:愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所・佐藤真由美:愛知県心身障害者コロニー・新美明夫:愛知淑徳短期大学)

ダウン症児における呼称発達の個人差と共通性を明らかにするために,対象物名の理解と産出,音声模倣の発達経過を3歳から6歳まで3か月毎に観察した。あわせて発達年齢(DA)の推移を津守式発達質問紙で評価し,後年,学童期のIQを評価した。トリソミー21型の児9名と転座モザイク型の児1名の縦断資料を検討した。呼称発達の経過には,理解産出連関型,理解産出分離型,非名称型,未萌芽無発語型の4主要類型があった。調査した語に関して理解語数が3語を超えた時点のDAは,語理解発達が早い児と遅い児で異なっていた。
語理解発達の早い児,つまり3歳末までに理解語数が3語を超えた児はDAが平均21か月だった4歳以後に遅れた児はDAが36か月以上で,語理解発達がDAから期待されるよりも遅かった。後者の児は学童期のIQが低かった。音声模倣や感覚運動語を含む調音発声が6歳末までに顕在化し充実しなかった2名は学童期も無発語に留まっていた。
話しことば産出の獲得の臨界期が6歳末で終わることが示唆された。一部の児では話しことばの基底にある聴覚言語理解と調音発声が異なるタイミングで独立に発達していた。聴覚言語理解発達は知的機能に連関するが,調音発声発達は聴覚言語理解ほど知的機能に連関していなかった。そのために生じる調音発声と聴覚言語理解の発達タイミングのずれがダウン症児の呼称発達に異なる類型を生じさせていることが論じられた。

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運動刺激に対する操作の経験が幼児の因果関係知覚に及ぼす促進的効果

(中村 浩:札幌医科大学医学部心理学教室)

本研究は,幼児の因果関係知覚とその出現における触運動的経験の役割を明らかにすることを目的として,パソコンのモニター上に提示された対象の動きを自ら操作するという経験が幼児の因果関係知覚に対してどのような影響を与えるかを調べた。4歳〜6歳の保育園児100名に,モニター上を水平に移動する対象をキー押しによって停止させるという練習課題を与えたところ,練習前に比べて練習後の因果関係知覚出現率が上昇した。それに対して,因果刺激を繰り返し観察した43名の保育園児においては,刺激に対する知覚内容に変化は生じなかった。この結果から,幼児の因果関係知覚が触運動的経験と密接に関連していることが明らかとなった。また,この結果について,モニター上の対象に操作可能性というアフォーダンスを発見することによって新たな知覚一運動作業空間(Newell,1986)が形成され,その作業空間に因果刺激が取り込まれて,この刺激事象における不変項である2物体間の力学的作用が知覚され易くなったという解釈を試みた。

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自閉症児におけるジョイントアテンション行動としての指さし理解の発達:健常乳幼児との比較を通して

(別府哲:岐阜大学教育学部)

本研究の目的は,ジョイントアテンション行動としての後方向の指さし理解における,自閉症児の障害を検討することである。その際,指さしと言う行動が,指さすものと指さされるものの関係の理解を必要とする行動であり,しかも対象を相手と共有する目的で行う行動でもあるという,2つの能力を必要とする行動と捉える。前者の能力を調べるため,後方向の指さし理解課題を用い,後者の被験者が対象を相手と共有したい要求をもてる文脈を形成するために,自閉症児も興味をもちやすいシャボン玉を指さしの対象とした。実験Iは,5カ月から1歳8カ月迄の健常乳児53名,実験Uでは就学前の通園施設に通う自閉症児23名を,各々被験者として行い,比較検討した。
その結果,@自閉症児も健常乳児と同様,一定の発達年齢(1歳1カ月)以上では,後方向の指さし理解が可能となること,Aしかし健常乳児では同時期に,後方向の指さしに振り返った後,指さしや発声を伴って再び大人を見て注意を共有したことを確認する共有確認行動が半数近くの被験者に出現するのに対し,自閉症児ではそれがほとんどみられない,という特徴が示された。自閉症児が,ジョイントアテンション行動としての指さし理解に障害を持つという結果を,他者認識との関連で考察した。

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異なる概念水準名解釈における状況依存性:年中児の語意解釈に及ぼす課題の効果

(田村隆宏:関西大学文学研究科)

新奇語命名課題(Callanan,1989)を用いた本研究で,大人がある対象に新奇語を命名する状況,及び子どもがそれを解釈する状況に関わる3つの要因,すなわち,(1)標本事例の数,(2)判断事例の概念水準,(3)判断事例の提示方法の効果を検討した。被験者は4〜5歳児120名であった。結果については,1つの標本事例に新奇語が命名された場合,被験者は新奇語を判断事例の最も低い概念水準の名称として解釈しやすく,その解釈は複数の判断事例が同時に提示された場合に容易になされた。2つの標本事例に新奇語が命名された場合,被験者は新奇語をその2つの事例が含まれる概念水準の名称として解釈しやすかった。これらの結果は,4〜5歳児の語意味の獲得において,大人がある対象に新しい,語を命名する際の状況や子どもが語を解釈する際の状況が重要な役割を果たしていることを示唆している。

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チンパンジー乳幼児におけるヤシの種子割り行動の発達

(井上(中村)徳子:関西学院大学文学研究科・外岡利佳子:名古屋大学教育心理学科・松沢哲郎:京都大学霊長類研究所行動神経部門)

西アフリカ,ギニアのボッソウにおいて継続研究されている野生チンパンジーの道具使用行動の形成過程について検討した。1990年から設置されている野外実験場では,おもにチンパンジーのヤシの種子割り行動に関する直接観察およびビデオカメラによる録画がおこなわれてきた。本稿では,1992年度と1993年度におこなった2回の調査で録画したビデオテープ資料をもとに,とくにチンパンジー乳幼児6個体(0歳以上3歳未満)におけるヤシの種子割り行動の発達過程を分析した。逐次記録法により,各個体にみられるヤシの種子割りに関連する行動すべてをリストアップし,全部で計310の行動事例からなる行動目録を作成した。この行動目録を(1)種を扱う行動,(2)石を扱う行動,(3)種と石の両方を扱う行動,(4)他個体に関わりつつ種や石を扱う行動,(5)ヤシの種子割りをする他個体に関わる行動,という5つの行動カテゴリーに分類した。さらに各行動カテゴリー内の行動事例を,操作の方向・段階・複雑性などに着目して,2〜4つのサブカテゴリーに分類した。こうした行動カテゴリーないしサブカテコリーに属する行動事例の相対頻度を年齢群ごとに比較したところ,加齢とともに,@種と石の両方を扱う行動が増加する,A種や石に関する2種類以上の操作を連鎖する行動が増加する,G種や石を同時並行に操作する行動が増加する,C他個体の扱う種や石に対して働きかける行動が増加する,D他個体に接触しないで観察する行動が増加する,ことなどが明らかになった。チンパンジー乳幼児がヤシの種子割り行動を形成するには,エミュレーションによって自らの試行錯誤を繰り返しながら,これらの条件を満たすことが必要であると示唆された。

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母子相互作用における内的状態への言及:場面差と母親の個人差

(園田菜摘:お茶の水女子大学人間文化研究科・無藤隆:お茶の水女子大学生活科学部)

本研究では,51組の2,3歳児とその母親の内的状態への言及について,場面差と母親の個人差による検討を行った。各家庭で,ごっこ遊び,本読み,食事の3場面での母子相互作用の観察を行い,インタビューと質問紙で母親の個人差を測定した。その結果,内的状態への言及にはかなりの場面差があることが示された。ごっこ遊びは母親が感情状態に言及しやすく,本読みは母子ともに思考状態に言及しやすく,食事は母親が欲求に言及しやすい場面であることが明らかになった。また母親の個人差についても,母親には内的状態への言及しやすさという個人差があり,その個人差は子どもとの相互作用においても反映することが示された。さらに,内的状態に言及しやすい母親の子どもは内的状態に言及しやすい,という子どもへの影響も見られた。このことから,子どもが内的状態への理解を発達させていく日常生活の中で,どのような場面を経験し,どのような個人差を持つ母親と相互作用をしているのか,ということを考慮に入れる重要性が示唆された。

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子どもの読書行動に家庭環境が及ぼす影響に関する行動遺伝学的検討

(安藤寿康:慶應義塾大学文学部)

発達心理学では,家庭環境の影響を示すために,親の与える家庭環境の指標と子どもの行動指標との相関を用いる。
しかしそこには遺伝的影響が関与している可能性がある。本研究では秋田(1992)が行った「子どもの読書行動に及ぼす家庭環境の影響に関する研究」に対して,行動遺伝学的視点から批判的追試を行った。小学6年生の30組の一卵性双生児ならびに20組の二卵性双生児が,その親とともに読書に関連する家庭環境に関する質問紙に回答した。
子どもはさらに読書行動に対する関与度についても評定が求められた。親の認知する家庭環境の諸側面は子の認知するそれと中程度の相関を示した。図書館・本屋に連れて行ったり読み間かせをするなど,親が直接に子どもに与える環境を子が認知する仕方には,遺伝的影響がみられた。また子どもの読書量についても遺伝的影響が示唆された。だが子どもの読書に対する好意度には,遺伝的影響ではなく,親の認知する蔵書量が影響を及ばしていた。

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開眼手術後における形の識別活動とその内的システム

(佐々木正晴:弘前学院大学文学部)

開眼手術後の,形を捉える視・運動系活動とそれを支える円内システムについて,その触・運動系活動との関連において,開眼者の言語報告を組織的に取り出す方法を主軸に検討した。本稿に登場する開眼者SMは,先天性白内障のために両眼とも失明し,2歳のときに左眼の眼球摘出手術を,12歳のときに右眼の水晶体摘出手術を受けた。この右眼手術から19年後,実験が始まり,このとき,手で触れば即座に同定し得る形でも眼で見てはその識別が困難な状況にあった。その後,SMは,頭部の運動あるいは図形対象そのものの移動を介した視点の動きによって形の属性を取り出すようになり,形の識別は成立の兆しをみせた。この時期,SMが内的に保持しているシステムに関する言語報告を組織的に取り出すと,視・運動系と触・運動系の2つの系に各々依拠する別種の形態像が保持されていることが見出された。すなわち,触・運動系においては形の全体的な形態像が保持され,一方,視・運動系では形を捉える際の頭部の動きとその動きによって取り出された形の属性が同時に言語化されて保持されていた。そして,SMが眼前の形を見てその形態名を判断するまでには,眼で取り出した形の属性を内的に保有する知識と比較照合する過程が存在した。この過程は,形を捉える際の所要時間として現れ,内的に比較照合する個数が少なくなる弁別事態ではその所要時間は短くなった。

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