発達心理学研究  第8巻第2号  1997年9月



P−Fスタディ型の図版に対する幼児・児童の反応の比較文化的研究

 小林雅子(京都大学)

 在日外国人幼児・児童はフラストレーション状況の場面を見ると,様々な言語反応を示す。本研究の目的は,特に発達と在日期間の観点から,在日外国人幼児・児童と日本人幼児・児童のフラストレーション場面に対する言語反応の特徴を見つけ出すことである。被験者は,国際学校の幼児22名と小学生24名,朝鮮学校の幼児30名と小学生27名,日本の幼児29名と小学生30名であった。調査にはフラストレーション状況を描いたP−Fスタディ型の課題が12枚用いられた。言語反応のカテゴリーは因子分析にかけられ,「自己主張」「注意・不服」「自己抑制」「謝罪・感謝」の4因子が 得られた。結果を以下に示す。友達との間で生じるフラストレーション状況場面で,日本及び朝鮮学校の幼児は自己抑制反応を多く示し,国際学校の幼児は自己主張反応を多く示すことがわかった。小学生の場合,在日外国人と日本人の反応にはほとんど違いが見られなかった。国際学校の小学生の在日年数に基づいて反応を比較した結果,友達との場面で違いが見られた。また,在日朝鮮人幼児・児童の反応は,日本人幼児・児童の反応とほとんど変わらないことがわかった。

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年齢アイデンティティのコホート差,性差,およびその規定要因:生涯発達の視点から

佐藤眞一・下仲順子・中里克治・河合千恵子(東京都老人総合研究所)

年齢アイデンティティのコホート差,性差,およびその規定要因を生涯発達の視点からとらえるために,8-92歳の一般住民男性816名,女性1,026名の合計1,824名を対象に調査を実施した。年齢アイデンティティの指標として,感覚年齢(実感年齢,外見年齢,希望年齢の3種類)および理想年齢の4種類の主観年齢を測定した。主観年齢の暦年齢からの偏差を年齢コホートの変化過程に沿って検討すると,主観年齢が自己高年視から自己若年視へと転じる現象のあることが明らかとなった。男性ではその転換が青年期(18-24歳)前後でみられたのに対して,女性では思春期(13-17歳)前後に生じていた。また,感覚年齢では,男性が成人前期(25-34歳)から成人中期(35-44歳)で変化が少なく,女性では青年期から成人前期(25-34歳)にかけての変化が少なかった。理想年齢では,男女とも青年期以降変化が少なくなる傾向にあったが,男性の場合には,成人後期(45-54歳)から,女性では初老期(55-64歳)から再び変化が大きくなった。年齢アイデンティティの規定要因を検討したところ,教育年数,健康度,自尊感情,タイプA,女性性に何らかの有意な効果がみられたが,いずれの主観年齢におい ても暦年齢の効果が最大であった。このことから,年齢アイデンティティあるいは主観年齢に対しては,社会的な要因ばかりでなく加齢に伴う心理学的時間感覚ないし時間評価も同時に影響していると思われた。 

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幼児の空間探索における眺めの高さのずれと水平面上のずれの補償

大泉郷子(慶應義塾大学) 

空間探索においては,水平面上でのずれと同時に眺めの高さのずれ,すなわち垂直方向のずれを補償することが必要とされる。本実験は上から見た眺めを真横から見た眺めに重ね合わせる心的操作がいつ頃から可能になるのかを吟味し,それにより幼児の空間認知の発達過程を明らかにすることを目的とした。実験1では2,3歳児を対象に4つの筒を台上においた実験的な環境を上から眺めさせ,その後装置の周りを0度または180度移動して装置の上から,あるいは真横から4カ所の隠し場所を探索させた。その結果,2歳児は眺めに変化のない,空間記憶の条件でのみ有意に正答したのに対し,3歳児は水平面上および垂直方向のずれを補償して探索することができた。実験2では実験1で空間記憶に基づく探索が完全にできた子どもを対象に,眺めの高さがある時,ない時の90度と180度移動の効果の差を吟味した。水平面上のずれ,眺めの高さのずれともそれぞれ補償は困難であった が,垂直方向,水平面上のずれがともに存在する場合は,ずれが一方だけの時よりもさらに補償が困難であることが明らかになった。また90度移動の方が180度移動の補償よりも困難であったことから,視覚的イメージを操作する方略よりも空間を次元的に捉える方略が用いられたと考えられる。

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幼児による因果推論の制約:生物に関する人為不介入の原理の理解

湯沢正通(広島大学)

本研究では幼児を対象に3つの実験を行い,生物領域における因果推論の発達を検討した。実験の焦点は,幼児がどのように人為不介入の原理を認識するようになるかであった。人為不介入の原理とは,生物の特性の生成において人間が何ら役割を果たしていないと仮定するものである。3歳から6歳の幼児に様々な事例に関してその特性の生成の原因を尋ねた。例えば,“ゾウの鼻はどうして長いのか”と質問した。幼児には“人間がゾウの鼻を長くした”などのいくつかの説明を提示し,その中から正しいものを選択するように求めた。その結果,幼児は5歳までに人為不介入の原理を理解するようになるが,その認識に関して,生物の飼育経験,特性の機能的役割の認識,生物の既知性は明確は促進効果を持たなかった。さらに,人間との類似性が生物に関する推論に影響を及ぼすこともなかった。このような結果は,人為不介入の原理が経験から学習されるという説明よりも,人為不介入の原理,あるいはそれを作り出す他の原理が生得的にもたれているという説明に有利な証拠であると解釈された。

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幼児の向社会的行動における他者の感情解釈の役割

伊藤順子(広島大学)

本研究では,幼児の向社会的行動に他者の感情解釈がどのような影響を及ぼしているかを検討した。実験1では,向社会的場面として,他者の状況と表情が一致した場面(悲しい状況での悲しい顔)と矛盾した場面を設定した。さらに,矛盾した場面としては,悲しい状況でほほえんでいる主人公(表情の偽り)と,嬉しい状況で悲しい顔をしている主人公(個人特性)を設定した。49名の4歳児と46名の5歳児を3つのグループに分け,それぞれの物語を提示し,役割取得能力(感情の推測)と向社会的判断・行動についての評価を行った。その結果,手がかりを統合し,適切な感情(悲しい感情)の推測がなされたとき,向社会的判断がなされることが多かった。さらに,向社会的判断を行わなかった被験者でも,感情解釈情報を提示後に向社会的判断への変化が見られた。実験2では,49名の4歳児と46名の5 歳児をあらかじめ感情解釈情報提示あり・なしの2つのグループに分け,「個人的好み」に関する矛盾した物語を提示し,向社会的判断・行動の機会を与えた。その結果,感情解釈情報の提示を受けた被験者は,提示を受けない被験者より向社会的判断・行動を多く行った。これらの結果から,他者の困窮を示す手がかりが矛盾した場面においては,表情の偽りや個人的好みを考慮に入れた感情統合によって,適切な感情を推測することが向社会的判断・行動につながることが示唆された。

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幼児のインフォーマル算数について

丸山良平(上越教育大学)・無藤隆(お茶の水女子大学)

インフォーマル算数は乳幼児期に生活の中で獲得される数知識で,就学後の算数学習の重要な基礎力であるという。本論の目的はこの数知識の実態を文献により明らかにすることである。ここでは分離量に限定し,数知識を1数,2数,3数関係に分類して検討した。この分類は思考の情報処理モデルに対応するものである。1数関係は集合の個数を数詞で表現するように,ある媒体の示す1つの数を他の媒体で表すことで,筆者のいう数転換である。2数関係は2つの数に関する数の保存と多少等判断であり,3数関係は2数から第3の数を生む演算である。検討の結果,次のような実態が主に明らかとなった。乳児期初期から集合の弁別が行われ,数量を表す言葉とその感覚が結びつき,数理解の基礎が形成される。1数関係では数詞は集合の名称として獲得され,数の媒体と媒体とを結ぶ軸となり,数知識の発達を促す。2数関係の多少等判断では10進法の初歩的知識が4歳児期に使用される。また数の保存に関する知識は論理的に洗練されておらず,日常生活を反映して具体的経験的である。3数関係の理解は数を示す媒体によって異 なり,事物集合,数詞,数字の順で困難さが高まる。初歩の演算は心内での集合イメージを操作して行われることが示唆された。本論ではインフォーマル算数の知識を3カテゴリーに分けることの有効性が示され,さらにいずれのカテゴリーにおいても数詞の役割の重要性が示された。

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