発達心理学研究第31巻(2020年)


31巻1号


◆渡邉 賢二・平石 賢二・谷 伊織:児童期後期から青年期前期の子どもと母親が認知する養育スキルと母子相互信頼感,子どもの心理的適応との関連: 母子ペアデータによる検討

本研究は,小学5 年生から中学3 年生とその母親1612 組を対象に,母子のペアデータを用いて,母子が認知する養育スキルと母子相互信頼感,子どもの心理的適応の関連について検討した。母親と子どもが認知する養育スキル尺度について,因子分析を実施した。その結果,母親と子どもの双方に理解尊重スキルと道徳性スキルの2 因子を得ることができた。また子どもの学年別と性別による2 要因分散分析の結果,母親は,道徳性スキルと母子相互信頼感において中学生より小学生の得点が高く,性別においては,理解尊重スキルと母子相互信頼感について男子より女子の得点の方が高かった。子どもは,すべての尺度で中学生より小学生の得点の方が高く,性別においては,理解尊重スキル,道徳性スキル,母子相互信頼感について男子より女子の得点の方が高く,自尊感情については女子より男子の得点の方が高かった。最後に多母集団同時分析を用いて媒介変数モデルを検討した結果,性別,小学生中学生に関わらず,母子が認知する理解尊重スキルは母子相互信頼感と子どもの心理的適応に影響を及ぼし,母子相互信頼感は子どもの心理的適応に影響を及ぼしていた。母子双方が認知する理解尊重スキルと母子相互信頼感,また媒介変数モデルの重要性が示唆された。

【キーワード】養育スキル,母子相互信頼感,子どもの心理的適応,母子ペアデータ

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◆直原 康光・安藤 智子:別居・離婚後の父母葛藤・父母協力と子どもの心理的苦痛,適応等との関連:児童期から思春期に親の別居・離婚を経験した者を対象とした回顧研究

本研究の目的は,別居・離婚後の父母葛藤や父母協力が,父母の別居・離婚に伴う心理的苦痛を媒介して,青年・成人の心理的適応に与える影響を明らかにすることであった。6 歳から15 歳までに父母が別居し,母親と同居することになった現在18 歳から29 歳までの男女275 名を分析対象とした。別居・離婚後の父母葛藤や父母協力,父親との交流が,父母の別居・離婚に伴う心理的苦痛や現在の心理的適応に影響を及ぼすという仮説モデルに基づき,男女で多母集団同時分析を行った。分析の結果,別居・離婚後の父母葛藤は,子どもの葛藤受け止め,父母の別居・離婚に伴う心理的苦痛を表す「自己非難」や「子どもらしさの棄却」を媒介して,自尊感情や抑うつ・不安との関連が認められた。また,別居・離婚後の父母の協力は,「父との交流実感」や「母の情緒的サポート」を媒介して,「自己非難」や「子どもらしさの棄却」との負の関連が認められるとともに,自尊感情や抑うつ・不安との関連も認められた。最後に,男女で有意差が認められたパスについて,それぞれ考察を行った。

【キーワード】離婚,子ども,父母葛藤,離婚後の父母協力,心理的適応

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◆畑野 快・杉村 和美・中間 玲子・溝上 慎一・都筑 学:青年期・成人期初期におけるアイデンティティの発達傾向と人生満足感の関連:大規模横断調査に基づく検討

本研究の目的は,青年前期,中期,後期及び成人初期にかけての大規模横断調査に基づき,アイデンティティの統合・混乱の感覚の発達傾向と人生満足感との関連を明らかにすることであった。調査対象者は,12-25 歳の青年・成人14,428 名(女性55.2%)であった( M age= 20.55 歳,SD age= 4.13 歳)。まず,年齢群を独立変数,アイデンティティの統合・混乱の感覚を従属変数とした多変量分散分析を行った結果,青年期前期・中期群は,青年期後期・成人期初期よりも統合の感覚が高く,混乱の感覚が低い傾向にあった。次に,アイデンティティの感覚に基づき青年・成人をクラスター分析によって類型化したところ,統合と混乱の高低から4 群が抽出され,青年期前期・中期群は統合の感覚が高い群に,青年期後期,成人初期群は混乱の感覚が高い群に分類される傾向にあった。さらに,統合・混乱と人生満足感との相関係数を年齢群別に確認したところ,全ての年齢群において統合は人生満足感と正の関連を,混乱は負の関連を示した。最後に,アイデンティティの類型ごとに青年・成人の人生満足感の得点を分散分析によって比較したところ,統合の得点が高い群ほど人生満足感の得点が高いことが示された。以上を踏まえ,本研究の意義と今後の課題について検討を行った。

【キーワード】アイデンティティ,青年期,成人初期,人生満足感

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◆高橋 登・中村 知靖:日本語の音韻意識は平仮名の読みの前提であるだけなのか:ATLAN音韻意識検査の開発とその適用から

音韻意識は読み習得の前提であり,音韻意識の弱さがそのつまずきにつながることから,音韻意識の適切なアセスメントは読みの習得支援にとって重要な課題である。ところが日本では標準化された検査が存在せず,研究ごとに異なる課題が用いられてきたことから,本研究では,項目反応理論に基づく日本語音韻意識検査を作成することを目的とした(研究1)。問題はタッピング,抽出,逆唱,置き換え,特殊音節のタッピング(拗音,促音,長音)の7 種類の課題からなる。幼稚園年少児〜小学校1 年生の計875 名の結果から,問題ごとの困難度・識別力を算出し,計88 項目を項目プールとし,既存の適応型言語能力検査(ATLAN)に実装した。次に,音韻意識と他の言語能力との関係を検討した。研究2では,幼稚園年中児〜小学校1 年生計163 名を対象として横断的に,研究3 では年中児25 名を対象として縦断的に,音韻意識と平仮名の読み,および語彙・文法の能力との関係を分析した。その結果,これまでの研究同様,音韻意識は平仮名の読みを説明する要因であることが確認されたが,それだけでなく,語彙や文法のような他の言語能力との間にも関連があることが示唆された。さらに,縦断研究の結果から,音韻意識が後の語彙や文法発達を促進することが示唆され,音韻意識を身につけることによって高まったメタ言語能力がそれを可能にしていると考えられた。

【キーワード】韻意識,ATLAN,平仮名,語彙,文法

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31巻2号


◆林 亜希恵・中谷 素之:高校生における領域別援助要請スタイルと学校適応との関連

 高校生のメンタルヘルスを考える上で,援助要請は重要な方略であるが,学業のみならず,進路,自己,対人関係などのさまざまな悩みの領域があるなか,これまでに領域別に援助要請の質を検討した例はみられない。本研究では,高校生活における身近な悩みを反映した主要領域において,どのように援助を要請するのかについて,新たな領域別援助要請スタイル尺度を作成し,適応との関連を検討した。高校生453名を対象に調査を行った結果,作成された領域別援助要請スタイル尺度は,一定の信頼性と妥当性を有することが確認された。教師への自律的援助要請が高い生徒は全ての領域において,対応する領域の適応が高いことが示された。友人への自律的援助要請については,学業,自己,対人関係領域において対応する適応との関連が示された。自律的援助要請が適応的な方略であるとするこれまでの知見とほぼ一致すると考えられる。次に,依存的援助要請が適応に及ぼす影響については,学業および進路の領域において,友人への依存的援助要請が低い生徒は学習適応や進路適応が高いことが示された。そして,対人関係領域において友人への依存的援助要請が高い生徒は社会適応が高いという異なる傾向が示され,依存的援助要請も適応に効果があることが示唆された。また,対応する領域以外の適応においては,教師への自律的および依存的援助要請と学習適応との間に正の相関があることが示された。

【キーワード】援助要請スタイル,領域別援助要請,高校生,学校適応

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◆水口 啓吾・湯澤 正通:授業デザインがワーキングメモリの小さい生徒の授業態度に及ぼす影響:先行学習を取り入れた授業に焦点を当てて

 本研究では,中学校の生徒を対象として,通常の理科の授業と,先行学習の特徴を取り入れた新しい理科の授業を比較することで,授業デザインがワーキングメモリ(WM)の小さい生徒の授業態度に及ぼす影響について検討した。WMの小さい生徒3名と平均的な生徒2名を各クラスで選出し,授業中の態度を観察した。新しい授業デザインでは,先行学習を参考として,授業冒頭での要点(まとめ)の教示,生徒自身が授業内容の理解度を評定する“自己評価”,要点(まとめ)の知識を深める“活用課題”,そして,教師と生徒との同時視写作業である“共書き”を実施した。その結果,WMの平均的な生徒は,授業デザインに関係なく,一貫して授業への参加が高かった一方で,WMの小さい生徒は,新しいデザインでの授業の方が,授業への参加が高かった。本研究を通して,WMの小さい生徒に限らず,すべての生徒が授業に積極的に参加するうえで,先行学習の特徴を取り入れた授業デザインが効果的に働くことを明らかにしたことで,授業全体に着目した学習支援方略を提示することが出来た。

【キーワード】ワーキングメモリ,授業デザイン,学習支援,理科,生徒

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◆伊藤 恵子・安田 哲也・小林 春美・高田 栄子:発話意図推測からみた自閉スペクトラム症児の語用論的能力

 自閉スペクトラム症(ASD)児のコミュニケーション支援のため,話者の発話意図推測から,かれらの語用論的能力を検討した。17名のASD児と13名の定型発達(TD)児を対象とし,映像によって話者の発話意図を推測する実験を行った。その結果,ASD児,TD児とも冗談と嫌味の推測が困難であったが,ともに話者の発した言語的意味とその発話意図の異同には気づいていた。まず場面状況,次に話者の表情,最後に刺激音声というように,発話意図を推測する上で手がかりとなる情報が顕在的に提示される映像刺激であれば,ASD児もTD児と同様に発話意図を推測できた。視線分析に関しては,状況判断のための事物(例えば上手か下手かといった判断をするための紙に書かれた習字)を,ASD児はTD児よりも長く見ていた一方,それ以外のものに関してはTD児のほうが長く見ていた。これらの事物及びそれ以外のものを見る頻度は,TD児がASD児よりも多かった。話者の発話場面では,ASD児とTD児は,顔,なかでも目や口を見ている時間や頻度に違いがなかった一方,TD児に比べASD児は,話者の体及び鼻への総注視時間が長く,総注視頻度も多かったのに対し,話者以外への総注視時間が短く,総注視頻度も少なかった。支援に関しては,日常生活で話者の発話意図を推測する上で,潜在的に存在する重要な文脈情報を自発的に発見し,その利用を促す学習が必要と考えられた。

【キーワード】自閉スペクトラム症,発話意図の推測,視線,語用論

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◆汀 逸鶴・小塩 真司:知的好奇心の年齢差:日本人成人の横断調査による検討

 知的好奇心は知的活動を動機づけ,生涯にわたって心身の健康に関わる特性であることがこれまでの研究により示されている。本研究は,日本人成人を対象とした横断的調査から,知的好奇心の年齢に伴う変化を検討した。分析に際して,情報探索の方向性によって定められた知的好奇心の下位概念である,拡散的好奇心と特殊的好奇心のそれぞれについて検討を行った。オンライン調査に参加した4376名(男性2896名,女性1480名,平均年齢51.8歳)のデータを分析の対象とした。階層的重回帰分析の結果,拡散的好奇心は年齢に伴って曲線的に上昇する傾向が,特殊的好奇心は年齢に伴って直線的に上昇する傾向が認められた。また,拡散的好奇心については男性の方が女性よりも平均値が高い傾向もみられた。これらの結果は,最終学校段階や世帯年収を統制しても同様であった。本研究で得られた結果と先行研究の知見から,日本人の成人期における知的好奇心の役割について議論された。

【キーワード】知的好奇心,拡散的好奇心,特殊的好奇心,年齢変化

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31巻3号


◆吉井 勘人・若井広太郎・中村  晋・森澤 亮介・長崎  勤:自閉スペクトラム症児における意図共有を伴う協同活動の獲得過程:特別支援学校の授業における共同行為ルーティンを通して

 本研究では,発達年齢2歳代の自閉スペクトラム症(ASD)児1名を対象として,特別支援学校の授業を通して意図共有を伴う協同活動の獲得可能性を検討した。意図共有を伴う協同活動とは,目標の共有,相互の役割理解,相互支援の3つの要件を満たす活動であると定義して,問題解決型(研究1)と社会的ゲーム型(研究2)の協同活動の獲得を目標として,共同行為ルーティンを用いた支援を行った。その結果,第1に,対象児は2タイプの活動において支援者への協調的な関与が可能になった。そして,支援者が各活動の最中にその役割遂行を中断すると,対象児は支援者に対して顔注視や発語等の対人志向的行為を示した。第2に,研究2において対象児が社会的ゲーム型の協同活動を獲得した後には,2タイプの協同活動の般化が複数場面で確認された。第3に,研究1において問題解決型の協同活動が限定的に遂行可能になった時期から,意図共有の成立指標の1つとされる共同注意の始発が家庭と学校の日常生活場面で生起するようになった。以上の結果から,まず,2つの協同活動に共通する獲得過程として,ルーティンの中の特定の要素について注意を共有して行為する段階から,目標を共有して相互の役割理解に基づき行為する段階へと移行するプロセスが見出された。次に,協同活動の遂行と共同注意の始発との連関の可能性が示唆された。最後に,協同活動の獲得を促すための共同行為ルーティンの役割が考察された。

【キーワード】自閉スペクトラム症児,意図共有を伴う協同活動,共同行為ルーティン

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◆佐々木真吾・仲 真紀子:質問の仕方と出来事内の重要度の違いが想記に及ぼす影響:「だいたい」と「正確」

 本研究では,小学1年生62名と4年生58名,大学生60名を対象に,出来事の想起における,「だいたいでよいので教えて下さい」と「できるだけ正確に教えて下さい」という異なる質の報告を求める教示の効果を検討した。実験では,小学校生活で体験する出来事を口頭で提示し,「だいたい(概ね教示)」「正確(正確教示)」の教示で想起を求めた。研究1では両教示をそれぞれ個別に(参加者間要因),研究2では両教示を対比した状況で実施し(参加者内要因),想起の文脈の効果を検討した。その結果,教示が個別に行われる場合,正確教示では,重要度の高い情報が多く報告され,一方で概ね教示では重要度の低い情報の報告が控えられた。さらに,教示が対比されて行われる場合,正確教示では,重要度の高い情報が逐語的に報告されるようになり,概ね教示では重要度が中程度の情報も控えられるようになった。ただし,概ね教示の効果には年齢差があり,児童は大学生に比べて情報を控えることが困難であった。以上の結果から,出来事の想起における正確教示,概ね教示は,想起の文脈によりその解釈が変化し,情報量のコントロールを導いたり,情報の詳細さのコントロールを導いたりすることが示唆された。これらをふまえ,子どもから正確で詳細な情報を得るための司法面接への応用的示唆を考察した。

【キーワード】想起,出来事,情報の詳細さ,児童,司法面接

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◆谷口 あや・山根 隆宏:診断名の提示が自閉症スペクトラム障害に対するスティグマに及ぼす影響:知識との関連から

 本研究の目的は,自閉症スペクトラム障害(以下,ASD),アスペルガー障害(以下,AS)の診断名の提示が大学生のASDに対するスティグマにどのような影響を及ぼすのか,またASDへの知識との関連がみられるのかを検討することであった。大学生286名を対象に質問紙調査を実施した。ASDの特性(関心の制限,社会的相互作用の困難)を示す登場人物を描写した2つの場面のビネット(グループ課題場面,クラブ活動場面)を提示し,1)ASD条件,2)AS条件,3)診断なし条件の3条件をランダムに配布し,ビネット内の登場人物に対する社会的距離を評定させ,スティグマを測定した。その結果,どちらの場面においても,ASD条件,AS条件,診断なし条件のすべての条件間において,社会的距離に差は見られなかった。次に,どちらかの診断名を提示している,診断あり条件と,診断名を提示しない,診断なし条件間で知識の影響を確認するために,社会的距離を従属変数とした階層的重回帰分析を行った。その結果,診断名の有無と知識の交互作用が確認された。どちらの場面においても診断あり条件において知識の単純傾斜が有意であり,知識が高い場合には社会的距離が近かった。以上のことから,大学生のASDに対するスティグマには提示する診断名そのものの効果はみられず,診断名提示の有無と知識の高低の関連を踏まえた上で検討していく必要性があることが示唆された。

【キーワード】自閉症スペクトラム障害,アスペルガー障害,スティグマ,知識,診断名

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◆田川  薫:自閉スペクトラム症児の特徴が身体的虐待リスクを高めるメカニズム:親の認知的リスク要因に着目した文献検討

 自閉スペクトラム症(以下,ASD)児が不適切な養育,特に身体的虐待を受けるリスクは定型発達児よりも高く,知的障害を伴わない高機能児では時に深刻な虐待被害が報告されている。近年,親が不適切な養育行為に至るプロセスや親の認知リスク要因に加え,それらと子ども側の要因の相互作用を明らかにする重要性が指摘されている。そこで本稿では身体的虐待における社会的情報過程モデル(SIPモデル)を参照し,子どもの行動に対する不適切な帰属,不適切な発達期待,不当な適応評価という親側の認知リスク要因と,これらに影響を与えうる子ども側の特徴について先行研究を概観した。そして子どもの行動タイプ,問題行動の深刻さ,障害の有無・種別が親の認知リスク要因に関連しうることを整理した。これらをもとにASD児の特徴と親の認知リスク要因の関連についての仮説モデルを提唱した。ASD児の場合,その疫学的な特徴に加え,非定型的な行動パターンや問題行動の深刻さが親の否定的な帰属を引き起こし得ると考えられた。高機能児の場合はこれらに加え,障害のわかりにくさ,認知・適応能力の凸凹・個人差が大きいことから,親が子どもの特性を障害として捉えづらく否定的帰属が抑制されにくい可能性,適切なレベルの発達期待を見極めるのが難しい可能性,適応評価が不当に低くなりやすい可能性が考えられた。最後に今後の研究の課題と展望を述べた。

【キーワード】身体的虐待,身体的虐待における社会的情報過程モデル,親の認知リスク要因,自閉スペクトラム症児,高機能

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31巻4号


◆長滝 祥司:認識・メディア・ディジタル革命:哲学的観点から

本論の最初のテーゼは,「世界やそのなかの出来事,事物などに関するわれわれの認識はすべて媒介されている」というものである。哲学の歴史を振り返ると,世界や事物を認識するさいにそれを媒介するメディアは,志向的形質や心的表象,言語や数学など,多くのものがあった。とくに,ガリレオが世界を捉えるメディアを数学としたことで,近代の科学的世界像が登場することとなった。また,科学技術が重要な認識のメディアとなったのは,ガリレオが望遠鏡を手にしたときである。現代のディジタル・デバイスも,人間の認識や行動を形成するメディアであるという意味でガリレオの望遠鏡の末裔である。本論の目的は,人間の認識と行動をメディアという観点から捉え,その文脈のなかにディジタル革命を位置づけること,ディジタル革命が社会にもたらしつつある事態について哲学的観点をふまえて分析したうえで,「傷つきやすさ」という概念に依拠して道徳の起源に解明の光をあてること,である。以上の作業をつうじて,ディジタル・メディアの今後のあり方について,ささやかな提言を行う。
【キーワード】身体,(ポスト)現象学,傷つきやすさ,ディジタル・メディア

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◆坂田 陽子:ペット型ロボットの疑似飼育は子どもの生物概念を発達させるか

デジタル化が進む中で,実際に体験しなくてもデジタル機器やコンテンツから様々な情報を得て,その知識を実体験に生かすことができるようになった。では様々な知識が未熟な時期の子どもはデジタルデバイスから知識を得て,それらの知的な概念を形成できるのであろうか。本稿ではペット型ロボットとかかわることで幼児は生物概念を獲得できるか検討した。研究紹介1では,ロボットに静動の2条件を設けた結果,幼児は静止の場合は無生物,自動の場合は生物ととらえる行動が見られた。研究紹介2では,幼児が1ヶ月間ロボットを生き物の代わりとして疑似的に飼育したところ,初期は生物として接する発話や行動が多く見られたが,2週間で飽きてロボットにかかわらなくなり,生物に関する教育的教示の効果も見られなかった。2つの研究から,ロボットと子どもの接する時間が短時間で,また「動き」の有無が一瞬で入れ替わるような場合はロボットの「動き」は生物を感じさせる。一方,長時間になるとその「動き」はかえって単調で生物を感じさせなくなると考えられた。「動き」が必ずしも生物概念の獲得の一助となるわけではなく,ロボットの動きの質を検討することが重要であると結論付けられた。
【キーワード】幼児,デジタル化,ロボット,生物概念,飽き

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◆伊藤  崇・中島 寿宏・川田  学:発達心理学研究におけるセンサを用いた行動認識技術の意義と課題

生活環境の中にセンサやコンピュータが埋め込まれることにより,人びとの生活は大きな変化を遂げた。本論文ではこうした変化の中でも特にセンサによる行動認識技術の発展が発達心理学の方法論にもたらすインパクトについて検討する。この技術は,多様なセンサからの情報に基づいて人間の行動の種類を自動的に識別するためのものである。この技術を用いた発達科学や発達心理学領域における先行研究を,2つの軸で整理した。一つがセンサを設置する場所(環境か,人間か)であり,人間に装着させた研究はさらに個人を単位とするものと集団の変化を単位とするものに分けられる。もう一つが研究目的であり,発達理論や発達モデルの構築と,発達・保育・教育支援という2つに整理できる。幼稚園での自由遊び集団構造の長期的変化過程を追った筆者らによる研究も含めて先行研究を概観した上で,センサによる行動認識技術が発達心理学にもたらす意義について,(1)毎日の生活で起こる出来事が子どもの発達過程にもたらす効果の把握,(2)観察の困難な対象の調査可能性,(3)調査結果のフィードバックまでの期間の短縮を挙げることができた。一方で,この手法を採用することにより新たに生起する問題点としては,(1)認識精度,(2)過剰な種類のセンサの利用,(3)プライバシー保護,(4)容易なフィードバックが保育・教育実践に与える影響が挙げられた。
【キーワード】デジタル化,センサ,行動認識,縦断的調査,フィードバック

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◆日下菜穂子・末宗 佳倫・下村 篤子・上田 信行:プログラミング教育を介した多世代が教えあう協調学習の生涯発達における可能性

変化の激しい時代に,対話を通して人生を統合し,周囲との関係性の中に意味を創り出す,生涯発達の過程とも重なる創造的な学びの場が必要とされている。本稿では,2020年から全国の小学校で必修化されるプログラミング教育を,地域住民や多世代が主体的に関わることのできる学習機会と捉え,高齢者と大学生が小学生のプログラミング教育を支援する協調学習の場を設計した。この実践の報告を通して,コンピューターを使って多世代が学ぶ場において,参加者が創造的思考をはたらかせていきいきと関わりあう環境条件を探索した。さらに,プログラミング教育を介して多世代で学ぶ発達的意味を探るために,高齢者と大学生における参加による効果検証を試みた。結果からは,多世代が創造的思考をはたらかせる学習環境には,1)誰もが教える人になる利他的な目的の共有,2)自由に役割を選択できる多層な活動の構造,3)テクノロジーを使う均等な機会の提供が重要な要素であることがわかった。プログラミング教育を介して,多世代が参加する協調学習の効果の把握には,個別の参加目的に応じた柔軟な評価法の検討が必要であることが明らかになった。
【キーワード】協調学習,創造的思考,プログラミング教育,多世代

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山本  信:幼児期・児童期における表情抑制の発達:情動理解と表情表出の巧緻度に着目して

本研究では,幼児・児童において,情動表出の影響の理解および表情表出の巧緻度が,実際の場面における表情抑制とどのように関連しているかを明らかにすることを目的とした。調査は,年中児,年長児,小学1年生の計101名を対象として,3つの課題を実施した。表情抑制課題は2名で行うトランプゲームにおける「ジョーカーを引いた時の表情変化」に着目し実施した。情動理解課題は,仮想場面を用いて「悲しみの情動表出の肯定的影響」および「喜びの情動表出の否定的影響」について対象児に尋ねた。表情表出課題は,4種類の情動(悲しみ,喜び,怒り,驚き)について,それぞれ2種類の強度(とても,少し)で,計8種類の表情の表出を求めた。その結果,表情抑制課題における表情抑制得点は,年齢を統制変数とした場合でも,情動理解得点と表情表出の巧緻度得点の影響を受けて高くなることが明らかになった。本研究から,幼児・児童の実際の場面における表情抑制の発達について,従来の研究において示されてきた「年齢による抑制の発達」の背景には情動表出の影響の理解と表情表出の巧緻度の発達が重要な要因としてあることが示唆された。
【キーワード】表情抑制,情動調整,情動理解,表情表出の巧緻度,幼児・児童

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垣花真一郎:幼児の仮名文字の読み誤りパターンに影響する文字要因,及びその習得過程における変化

幼児の仮名文字の読み誤りパターンに影響する文字要因と,その習得過程における変化を検討した。研究1では,国立国語研究所(1972)が公開している幼児の読み誤りデータを用い(1)対象文字と誤反応としての文字音の対(以下,正誤対)の発生回数の変動に対する正誤対の音韻類似度,形態類似度の影響に関する検討と,(2)正誤対の発生回数が非対称となる事例(例 ぬ–ね:240回,ね–ぬ:30回)の原因を検討した。(1)については,全2068対を低発生,中発生,高発生の3区分に分け,この区分を目的変数,子音類似度,母音類似度,形態類似度を説明変数とした順序ロジスティック回帰分析を行った。その結果,3変数ともに独立した寄与が認められたが,形態類似度の寄与の程度が他の2変数を大きく上回っていた。また,(2)に関しては,発生回数の大きい正誤対における誤文字は正文字に比べて有意に出現頻度が高く,五十音図の掲載順が早いということが分かった。このことは熟知性が低い文字が,熟知性が高い文字に間違えられやすいということを示唆する。研究2では,近年採取されたデータを用いて,幼児の文字習得状況と読み誤りの関係を検討した。その結果,形態類似型の読み誤りパターンは,習得前期に多く見られ,形態・音韻類似型の誤りは習得後期に多くなることが明らかとなった。以上を踏まえ,読み習得における形態的要因,音韻的要因の役割を論じた。
【キーワード】読み誤り,読み習得,仮名文字,言語発達

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